なんだ、ケムコのADV『レイジングループ』ってすげえ面白いじゃん

田舎で人狼に殺されよう、死んでも戻るから

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 先日、知人が「田舎に引っ込んで悠々自適なのんびりライフを楽しみたいなあ……」などという訳の分からないことを言い出したので忠告をした。田舎はいいものかもしれないが幻想を持ちすぎだ。下手をすれば殺人儀式に巻き込まれて死に続けるのがオチだぞ、と。

 ケムコのホラーサスペンスノベルADVである『レイジングループ』では、そんな話が展開される。もともとスマートフォン向けに展開されていた本作だが、PS4およびPS Vitaでも登場したので遊んで、いや読んでみたが……、これはかなりの作品だ。

 『レイジングループ』の長所を簡潔に表現するのであれば、やはりテキストがとてつもなく巧みな部分であろう。気がつけば不気味な殺人儀式の雰囲気に飲まれているであろうし、登場人物たちは違和感なくプレイヤーに近づいてくる。システムの完成度も高く、ディレクター兼シナリオライターのamphibian氏が持っているであろうこだわりも感じ取れる一作だ。

閉塞感に包まれた和風ホラーサスペンス

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 本作の舞台となるのは、とある山奥に存在する藤吉村。主人公の「房石 陽明(ふさいし はるあき)」はその村の外れにある休水(やすみず)という不吉な集落へと迷いこんでしまう。ここは携帯の電波も入らないド田舎だが、社交的な美少女や物静かで神秘的な美人と出会うことができたのだから彼も悪い気はしないだろう。

 しかし、良かったのはそこまで。藤吉村では申奈山(しんないさん)および申奈明神を強く信仰しているのだが、それがまた端的に言ってイカれている。休水の村民たちは霧が出た時に「黄泉忌みの宴」という殺人儀式を行わねばならないし、当然ながら房石陽明はそれに巻き込まれて殺されてしまう。それだけならともかく、彼はなぜか“死に戻り”してしまい、この不気味な集落から抜け出すことができなくなってしまうのであった。

 昨今はアドベンチャーといえばタイムリープという感じだが、やはりこの手の設定とフローチャートシステムとの相性は異常なほど良い。数ある選択肢は間違えれば死ぬ(間違えなくても死ぬ)ので、主人公はあらゆる可能性を試し、怪奇事件の謎を解き明かすことに挑戦していくのであった。

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 閉塞感しかない田舎の中で起こるイカれた殺人儀式は、まるで「人狼ゲーム」そっくりな内容だ。村人の中に潜んだ人狼をすべて探し出してくくり殺さねば、夜に誰かひとりが殺されてしまう。しかも人狼ゲームのようにセオリー通りいくはずもない。なぜなら人狼ゲームと違って誰もが死にたくないのだし、ゲームのルールよりも山奥の村にある人間関係のほうが複雑なのだから。

 だから田舎なんてやめておけと言っただろう。……いや、本当は黙っていようと思ったが、休水には実はいいところもあるのだ。ここで出会う特に素敵なキャラクターたちについても紹介しておかねばフェアではないだろう。

ヒロインたちと最も目立つであろうキャラクター

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 「芹沢 千枝実(せりざわ ちえみ)」は、主人公が最初に藤吉村で出会う人物である。21歳の大学生で、たまたま村へ帰省しているところで今回の事件に巻き込まれてしまう。彼女は社交的な性格をしており、はじめて会ったはずの主人公ともすぐ打ち解けるような明るさが魅力的である。

 実は千枝実には大きな秘密が隠されている。その隠された事実を知ると、彼女を見る目が大きく変わることだろう。そこも含めて彼女の魅力だ。

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 「回末 李花子(うえまつ りかこ)」は藤吉村の名家のひとつ「回末家」の当主である。回末家は“くも”を守護神獣とする一族であり、その容姿からわかるようにミステリアスな人物だ。主人公とは割とすぐ打ち解けるが、村の人々からは煙たがられているらしい。

 おそらく本作で最も人気が高く、開発者からも愛されているであろうキャラクターだ。主人公よりも年上で村の事情に詳しい一方、すぐ転ぶようなドジな部分もあり、しかしながら神秘的な美人である。僕も最も気に入っているキャラクターだ。

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 三人目は「巻島 春(まきしま はる)」。休水に三人しかいない高校生のひとりで、見てわかるようにどこか奇特なファッションが特徴。高校生グループの中にいる時はふつうの少女だが、過去のとある出来事のせいで複雑な事情を抱えている。

 彼女は、主人公に出会った時から警戒しまくりである。そのため“殺人儀式でヒステリーを起こしてテキトーに死ぬモブキャラ”なのではないかと思うかもしれないが、それは侮りすぎだ。彼女の行く末もまた奇妙なものが待ち受けている。

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 そして最後は「房石 陽明」である。24歳の大学院生で、この村にはバイク旅行の最中にたまたまたどり着いただけの人物だ。……主人公を今更になって紹介するとはどういうことかと思うかもしれない。実は、彼はプレイヤーの分身でもあるがそうではないところもあるのだ。

 「房石 陽明」は知的好奇心が旺盛で、この村の奇怪な事件にもつい首を突っ込んでしまう。それこそ自分の身に危険が迫っているとわかっていても知らずにはいられないし、この事件を解き明かさずにはいられないのだ。

あまりにも強いシナリオへのこだわり

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 『レイジングループ』は最初に体験する3ルートがとても楽しかった。はじめは村の風習も状況もよくわからず不気味なことだらけだし、頼れるものもほとんどないに等しい。申奈明神の信仰など鼻で笑ってしまいそうな内容だが、村人たちはそれを本当に信じて人殺しを行ってしまうのである。

 いずれは主人公もその輪の中に入り、奇妙な信仰へと慣れてゆく。殺人儀式で勝つために他者の発言を噛み締めながら行動を選ぶ緊張があり、そして選んだ結末は衝撃と混乱をもたらしてくれる。また、自分が死んではならないのも面白いところだ。殺されると時間が戻ってしまうため、予想外の選択が正解になりうることもある。

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 それはいいのだが、とにかく前述のように「房石 陽明」が要注意人物だ。作中でも語られているように、恐怖とはわからないものや理解し得ないものにある。だが、彼は本当に何もかもすべてを解いてしまう。そのうち死んで戻ることも恐れなくなるのだから怖さや緊張感など次第に薄れるし、謎解きの段階になると雰囲気がホラーサスペンスではなくなってしまうのだ。

 この点に関してはプレイヤーの好き好きもあるし、一概に悪いとは言えない。とはいえ、この困ったようにも感じられるこだわりは本作のギャルゲー的な側面にも存在する。

 前述のように本作には魅力的なヒロインがおり、しかもそのキャラクターたちの描写が実に巧みだ。会って間もないというのに主人公は彼女たちと自然に仲良くなっていくし、その距離の詰め方はプレイヤーに対しても同じである。これほどまでに彼女たちに入れ込むように作られているからこそ、各エンドは素晴らしいものになるのだ。

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 ただし、一番最後のルートをクリアしたあとはギャルゲー的な側面で満足するかというと、これは難しいように思える。話を完璧に、とても綺麗に片付けようとするがゆえに結末はひとつとなり、複数いるヒロインの中にはどうしても割を食う存在がいる。家庭用機版の追加要素でそれをなんとかしようとした形跡も見て取れるのだがそこもギャグで片付けてしまうのだから、この点に関しては満足させられることはないだろう。

 クリアすると見ることができる「暴露モード」の文章によると、このあたりの不満点は制作側もきちんと把握していたようだ。それにも関わらず要望を満たすものをプラスしなかったのはシナリオの不出来ではなく、なんらかの事情があったか、あるいはむしろ作品に対する強いこだわりがあると解釈すべきだ。おそらくは、媚びることよりも自分の描くべきものを選んだのであろう。

終わりに

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 『レイジングループ』はとにかくシナリオが綺麗で、その練り上げられた物語という一本の道筋にはほとんど欠点がない。こだわりを持って作り上げられたその道筋は賞賛に値するが、一部でプレイヤーが求めるものとのミスマッチを感じてしまうのも事実だ。

 とはいえそれでも『レイジングループ』は、霧に包まれた休水のように妖しい魅力を持つ素晴らしい作品だ。ケムコのゲームは『シャドウゲイト』くらいしか知らなかったが、これからは“ケムコのゲームといえば『レイジングループ』”と呼ばれるようになっていって欲しい。
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究極にどうでもいい選択を迫られる『ウォーキング・デッド』

「うんこ味のカレー」と「カレー味のうんこ」くらいのどうでもよさ

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 うわー、困ったなー! ゾンビに襲われている「さっき知り合った小太りのエンジニア」と「さっき知り合った女記者」のどちらか一方しか助けられないという状況、困る~! どっちでもいい!

 PS4版の『ウォーキング・デッド(The Walking Dead)』を遊んだのだが、まったく感情移入できないまま終わってしまった。面白かったのは、主人公の「リー」が尖っている柵を見て「尖ってるな」と独り言を漏らすまぬけさくらいで、他は響かなかった。

 本作は、同名アメコミ作品を題材にし、Telltale Gamesが開発したアドベンチャーゲームである。ゾンビ(正確にはウォーカー)だらけの世界でさまざまな苦渋の決断をし、サバイバルするゲームなのだが……。「このゲームの展開は君の選択によって千差万別する」などと画面に出る割に、究極の選択はどちらを選んでもその後の展開に少しの変化があるだけで、結局のところ一本道なのだからむしろ究極的にどうでもいい選択である。

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 一応、他のプレイヤーたちがどの選択肢を選んだかという結果がエピソードの終わり際に見られるのだが……。これも心底どうでもいい。選択肢は曖昧なものも多いのでプレイヤーの意図がきちんと反映されているかどうかわからないし、ゲーム側が選択を強引に迫っているので倫理をどうこう語る気にもならない。

 古めな作品(2012年発売)ということもあるが、それでも本作はどこかでゲーム・オブ・ザ・イヤーを受賞した(らしい)タイトルなのだ。しかも僕はドラマ版がそこそこ好きなので、まさかここまで距離感があるゲーム体験になるとは思わなかった。

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 結局のところ一本道なのはまァいいだろう。しかし、一番大事であろう主人公「リー」と幼い少女「クレメンタイン」の絆の部分も、ふたりの描写が足りなかったとしか思えない。リーがやたらとクレメンタインを大事にする理由もよくわからなかったし、クレメンタインはむしろ不気味なくらいに都合の良い子すぎる。こう感じるのは、ストーリーが優秀すぎる『The Last of Us Remastered』を先にプレイしていたせいだろうか。

 他のキャラクターはもっとどうでもいい。ヒステリーを起こす女、イカれたジジイ、足を引っ張るだけのバカ、いつの間にか仲間になって気づいたら死んでいたあいつ……。DLCのキャラクターは更に底が浅くてどうでもよさが5倍くらいだ。誰を生かすか見捨てるか、いくつもの究極の選択をしてきたのに、誰の名前も覚えていない……。

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 そういえば、リーがまぬけに死ぬことも良いポイントだった。リーは、仲間が人質に取られているのに犯人に「銃を捨てろ、このビッチ!」と叫んで本当に撃ち殺されたり、仲間をカッコよく助けようとしたらゾンビにハラワタを食われて死んだりと、プレイヤーがミスをするとあっさりやられて笑える。しかし本当にゾンビが出てきたら、こういうまぬけな死に方をするほうが多数派なのだろう。
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『風ノ旅ビト』美しさに対する不感なのか

メタスコア「92」のゲームを遊ぶ


 PS4で『風ノ旅ビト(原題:JOURNEY)』を遊んだ。本作はthatgamecompanyが手がけたアドベンチャーゲームで、元はPS3で2012年3月に配信開始されたタイトルである。僕は遅ればせながらPS4版をプレイしたというわけだ。

 本作はローブを被ったキャラクター(本記事では「旅ビト」と呼ぶ)を操作し、山の頂上を目指していくことが目的となる。ただし言葉はひとつもなく、ひたすらに綺麗な景色を見ながら歩みを進めていくのだ。

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 高評価を得たゲームであることは今更言うことでもなく。僕も序盤以外はなかなか楽しめた。本作では時に同じ目的を持つ旅ビトに出会うこともあるのだが、これが妙に嬉しい。バケモノに襲われた時に僕を置いて行ったあの旅ビト、雪山で落下してしまいしぶしぶ見捨てたあの旅ビト、そして一緒にあの場所へたどり着いた旅ビト……。意思疎通はよくわからない音だけでしかできず、そこの中で生まれる絆のようなものが実に染みるのだ。

 しかしながら、見た目の美しさに関してはよくわからなかったというのが正直なところだ。いや、広い世界ながらゲーム的な誘導がしっかりしていたり、数年前のゲームであることを考慮せずとも見劣りしないグラフィック、退屈しない画面構成や描写へのこだわりなどは感じられるのだが、心の奥底で納得していないというか。

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 イルミネーションやパレード、あるいは日の出あたりを見た経験はあるが、あれが綺麗なのかどうかわからない。おそらく口では「綺麗だな」などと言っているが、その後に「綺麗とはどういうことなのだろう?」と思ってしまう。言い換えれば、すごいもの・良いものだと思っても感激はしておらず、その程度の感情に綺麗という言葉を使っていいのかわからないのだろう。

 また、自分自身の教養や脳みその構造の問題、雑に言ってしまえば感受性の問題なのではということも考えてしまうと、これはもうドツボだ。もはやゲームとはすっかり縁遠い自分語りになってしまう。

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 ともあれ、『風ノ旅ビト』は“余計なものがない”という意味では綺麗と言えるのだろう。僕の旅は綺麗に終われなかったが。
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『The Last of Us Remastered』は“完璧にゾンビ・サバイバルの世界に没入できるゲーム”であった

脅威のストーリーテリング

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 PS4で発売されている『The Last of Us Remastered(以下、ラスアス)』をクリアした。前々から評判は聞いていたが、噂に違わずものすごいゲームであると言えよう。

 『ラスアス』はNaughty Dogが開発したサバイバル・アクション・ゲームである。……ジャンルとしての表記は確かにそうなのだが、ゲームシステムなどは割と二の次で、最も注目すべきは没入感を損なわないムービーとゲームプレイであろう。

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 このゲームでは、主人公「ジョエル」、共に旅をする少女「エリー」のふたりが、寄生菌の発生により危機的な状況に陥った世界でどのように生きていくのかが丁寧に描かれている。映像とゲームプレイの繋ぎにまったく違和感がないところは特に驚いたが、キャラクターの表情・喋りも見事というほかなく、操作できないシーンの長さも適切で、褒め始めたらキリがないほどだ。

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 ところで、記事のタイトルには「ゾンビ」という単語を使ったが、本作ではそう呼ばれることはなく「感染者」と言われる存在が出てくる。呼称が違うのはいくつか理由があるだろうが、ひとまず本作の感染者という存在は、ゲームの雑魚敵のような“単なる殺すべき存在・障害物としてのゾンビ”ではないのだ。

 では、感染者はなんのために存在するのかといえば、“極限状態をいかに生きるか”ということを描写するための舞台装置的な役割を担っているのであろう。この世界は人間を襲う感染者がいるせいで、生存者たちですら物資を奪い合う敵になる。そんな世界で必死に生き残ることに、どのような意味があるのだろうか──? 大雑把に言えば、本作のテーマはそれだ。

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 ジョエルは過去の後悔から、エリーは孤独への恐怖から、協力してある目的を遂行するために旅を続けていく。ふたりの旅はまさしく現実離れした過酷さだが、それは人間が生きていくうえでの普遍的な過酷さでもあるといえよう。

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 ビデオゲームを遊べるほど裕福な環境にいる人間には縁遠い話に見えるかもしれないが、そうではない。生きるということは他人の食い扶持を奪うということであり、何か大事なものを守るということは他人の命を脅かすことにすらなりうる。文明がいくらかマシな方法を考えてはくれるが、根本的な部分は変わらない。

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 ふたりの旅路は、我々が目を逸らしている事実を見せつけてくるのである。生き残るためには、強くナイフを突き立てねばならないということを。
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『The Last of Us Remastered』をもらう

噂の大作をようやく遊ぶ

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 誕生日プレゼントとして、PS4タイトルの『The Last of Us Remastered』をいただいた。ゲームをもらうのは……、いや、誕生日プレゼントをもらうのはいつぶりのことであろう。

 本作は「Naughty Dog」が開発したサバイバル・アクション・ゲームである。寄生菌の発生により荒廃したアメリカが舞台となっており、主人公の「ジョエル」が「エリー」という少女を守るため、感染者や人間たちと戦いを繰り広げるといった作品である。

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 2年前の作品なのでかねてから本作が立派であるとは聞いていたが、どうも遊ぶタイミングが掴めなかった。しかしこのところはゾンビ映画やらドラマを見ており、しかもPS4も廉価版やらが登場するなどの状況もあって、ちょうど良いと手に取ることになった。

 それにしても『The Last of Us Remastered』はものすごい作品だ。キャラクターの息苦しそうな表情や荒れ果てた世界の描写、ステルス系アクションでありながらストレスを排除したゲームプレイ、過不足のない語りなど、僕が今更言うまでもないだろうがとにかく見事だ。

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 はじめてすぐに手汗をかくゲームは実に久々である。ひとまずのんびりとクリアを目指し、その後は最高難易度を実況配信しつつプレイする予定だ。
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