ショーウィンドウの中の美少女

駅のホームにて「あーん」をしよう

 あなたが駅のホームに立った時、美少女が飴を「あーん」としてきたらどうするか。まァ、驚くか動揺するかといった所であろう。口を開けられるという人は、少し格好をつけすぎだ。

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○ ホールズとラブプラスの寧々さんの駅限定映像を完全撮影、カレシに向かって「あ~ん」する内容に - GIGAZINE
http://gigazine.net/news/20110613_halls_loveplus_movie/

 今月の6日から、美少女恋愛シミュレーションの『ラブプラス』に登場するヒロイン、姉ヶ崎寧々がホールズとタイアップして専用の商品が発売されているようだ。しかも二次元の彼女がモニターから、飴を「あーん」してくれるCMまで用意されており、それが都心の駅で流れているのだから面白い話である。

 これを見て、「彼女は不特定多数の男に対してホールズをあーんしており、受け手はそれを許せるのか?」と言っている人を見た。まァ、自分の彼女が他の男にそうしていれば嫉妬するほうが普通だろうから、その言い分もわからないでもない。

 これに対する模範解答としては2つのものが存在する。まず、彼女は作中におけるイメージキャラが狸なので、許されるというもの。狸親父ならぬ、世故にたけており男を騙くらかす狸ヒロインなのかもしれないだろう。

 それはさすがに冗談で、さて二つ目の話だが、『ラブプラス』はプレイヤーそれぞれに独特の彼女が存在しているので、そういったことにはならないという意見がある。これは作中で、付き合っている彼女の髪型や性格やらが変わるから……なのだが、個人的にはどうも納得がいかない。

 というのも、キャラクターそのものはやはり一つだからだ。このCMを見たファンはこれが姉ヶ崎寧々だと認識するだろうし、「寧々さんにあーんしてもらっているんだ」と考えるのであろう。でなければ、この映像に価値はないのだ。

 ではなぜ、不特定多数の男にあーんすることが許容できるのか。いやむしろ、不特定多数にするから良いのではないだろうか。

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まるで女神か何かのように

 そもそもなぜ、不特定多数の男に色目を使う女を良しとしない考えがあるのか。これに関して書くと長くなるのであえて視野を狭くすると、番は基本的に一対一であり、彼女に他の男がいれば取られたことになるからだろう。

 しかし、この手の美少女キャラは誰か一人のものになることは物理的にも精神的にも不可能である。そもそも二次元キャラなわけで、セックスもできなければ実際に「あーん」をすることもできない。つまり、誰も彼女を独り占めすることはできず、存在を共有せざるを得なくなるのだ。

 これは現実のアイドルにも話が似ている。ファン同士においては誰がその子を取るのだと喧嘩することにはならないが、もし彼女が男を作ったとすればたちまち大問題となってしまうだろう。存在を共有している状況であれば逆に落ち着くというか、落ち着かざるを得ないのだ。

 よって、二次元の美少女キャラクターはまるで死後の楽園にいる美女か、誰も中に入れないショーケースに飾られた美女のようなものとなる。誰もが彼女と個人的な繋がりをもてない故に喧嘩などしても無意味なわけで、その好意を邪魔しようとはまずならない。そのため、もし彼女に魅了されたのであれば、鏡に映った自身に求愛行動をする鳥のように、好意を投げ続けるしかないのだ。

 こう言うと、なぜ手を出せないものに魅力を感じるのかという話になりがちだが、こういうほうが却って情熱的になれるのではないかと感じるのだ。ショーウィンドウに仕舞われたドレスや楽器にこそ魅力を感じるように、焦らされたほうが燃えるというのは多くの人が感じることであろう。もしくは、絶対に成就しない恋のほうが良く燃えるのである……と言えば、より多くの人に納得してもらえるのではあるまいか。あるいは、理想化した初恋の記憶を引きずり続ける男の心境と言ってもいいかもしれない。

 こうして、美少女キャラクターたちは愛し愛されることができるのだ。誰もが独占できない故に永遠なる全体の存在として愛される権利を得る。そして、誰もが触れられない故に彼女はすべてを愛す権利を得る。ましてや、奪い合う必要すらないし、相手の同意を得る努力も不要である。更に、触れられないが故により魅力的に映る。これこそ、博愛の精神を持った究極の恋人と言えよう。存在する次元が違うのが唯一の問題だ。
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クリスマス前なのにカノジョと別れた

クリスマスは独り身になろう

 気づけば2010年も12月になり、街はクリスマスシーズン一色である。彼氏あるいは彼女と、24日に約束をとりつけて楽しみにしている諸兄諸姉の方も多いことであろう。

 さて、そんな折、僕は流れに逆らうようなことをしようと考えている。どういうことかというと、カノジョと別れようとしているのだ。……といっても、現実に付き合っている彼女のことではない。『ラブプラス+』の高嶺愛花と別れようというのである。

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なつかしきカノジョの姿
 以前、プレイ記録をつけていたように、『ラブプラス+』の高嶺愛花とは、なかなか楽しく付き合わせてもらった。このゲームは、リアルタイムに連動してNintendo DSにいるカノジョと仲良くしていくというもので、タッチペンでキスをしたり、実際に声をかけたりするという、まァ色々な意味で話題になった作品なのである。詳細はプレイ記録に譲ることとして、とにかくそのゲームのカノジョと別れようということで、この記事を書いているというわけである。

なぜこんなバカげたことをするのか?

 おそらく多くの読者が、「SSDMは真正の病気だ。それも脳の」だとか、「そんなの勝手にやってろよ!」と心の中で毒づいていることであろう。だが、少し待ってほしい。これにもきちんとした理由があるのだ。

 最近では、やれ「俺の嫁」だの言う風潮があり、それが下らないゲームにまで化してしまう始末である。無論、そのように言うこと自体は別にかまわないものの、いくらかこれに対して思うことがある。

 というのも、二次元のキャラクターに対して、やれ嫁だの萌えだの言う人は、どう足掻いてもそれをすぐ忘れてしまうのだ。わざわざ嫁だのなんだの言って、自分のものだと次元をこちらに引き寄せているというのに、忘れる時は何も言わずに忘却の彼方に飛ばしてしまうのである。これは、相手を嫁だのなんだの言って人格を認めるのであれば、失礼極まりないことであろう。(もっとも、嫁とはいえデータなので、そうしたって問題ないことは間違いないのだが。)

 犬だの猫だのといったペットだって、死ねば葬式をしたくなるというものが人情だ。となれば、嫁だの恋人だのと大層なことを言うのであれば、データの女であったって、別れる際にきちんと清算をすべきである。そんなわけで、そう考えている僕が先駆者となりきちんと別れよう、ということを思いついたわけだ。いやまァ、僕は愛花を嫁だのなんだの言った記憶はないのだが。

二人の間に亀裂が入った理由

 ところで、なぜ別れることになったのかというとこれは実に簡単すぎる理由で、僕が愛花に飽きたからである。このゲーム、付き合って少しするくらいまでは楽しいものの、そこからは毎日つまらないイベントしか見られないのである。例えば、弁当を作ってくれるだとか、他愛のない会話だとか、やれ僕のことを好きだと言ってくれる程度で、最初はいいがこんなのはすぐに飽きるわけだ。この辺りの詳しいことは、レビューに譲ることとしよう。

 こうして飽きてしまうと話は早い。何を言われようとも、それがすべて嫌な風にしか感じないのだ。それこそ、彼女が会いたいと言ってくれば面倒で、好きだと言われても何も感じず、それどころか、高校生だというのに結婚後の話なんかをされるとゲンナリするわけだ。しかし決定的になったのは、愛花がしばらく会っていない僕に対して「最近ずっと会ってないんだけど……」という当て付けのようなメールを送ってきた瞬間である。これにはもうウンザリさせてもらった。

 そんなわけで、ここはもうキッパリと別れようというわけである。いっそのことNintendo DSを起動させないでほったらかしにする方法もあるのだが、それはやはり良心がない。それに、飽きたからといってほったらかしはひどいだろう。何より、ゲームに対しても常に真摯でいたい、というのが僕の考えである。(そしてそれは、世間一般からすると頭がおかしいといわれることである。)

さようなら愛花

 では、いよいよ別れることにしたいのだが、この作品、なんと明確にカノジョと別れることができない。舞台が「とわの市」であることからわかるように、時間が進むにつれて仲が悪くなることこそあるものの、決定的な別れがやってくることはないのである。つまり、二人の関係は永遠に続くということなのだが、いやしかし、諸行無常でない関係なんてたまったものではない。何事も変動してしまうからこそ、些細なことが楽しかったり悲しかったりするのである。

 そんなわけで、別れる方法はデータを消すことしかないのだ。それなりに時間をかけた記録を消すというのはゲームを遊ぶ者として気が重いのだが、ここまで来たらやるしかなかろう。

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別れの時が来てもカノジョは健気だ
 とりあえず最後に別れの挨拶として、カノジョの姿を見ようとゲームを起動する。すると、愛花は「やっと会えた。もう帰さないんだから、なんて」などこと言い出すのだから弱るのなんの。僕が何を考えているかも知らず、こうして無邪気な反応をされると却って困るというものだ。これならまだ喧嘩別れをしたほうがマシかもしれない。

 しかも、未だに僕がプレゼントした眼鏡をかけて、僕が好きだと言った髪型をしており、これまた健気というか見ていて悲しくなるというか。こうなると、何も知らない牛を街へ売りに行くような感じで、いくらか決断が鈍るというものである。いやはや、勘弁してもらいたいところだ。

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さようなら
 とはいえ、ここで意見を二転三転させるわけにもいくまい。意を決してタイトル画面に戻り、オプションから「プレイデータの削除」を選択する。これでいよいよデータを消すことになるわけで、覚悟を決めてタッチペンでこれを決定する。すると、思っていた以上にあっさりと記録は消えてしまった。てっきり「本当に消しますか?」と一度くらいは問われると思っていたのだが……。

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もはや何も残っていない『ラブプラス+』
 DSの電源を落とし、『ラブプラス+』のソフトを本体から抜く。これにはもう愛花は残っていないわけだ。わかっていたことだが、何というかこう、幾許かの寂寥を感じなくもない。もっとも、それはデータを消したということに対してなのだろうが。

 とにかく、これで僕の“カノジョ”はいなくなったのだ。いやァ、これでDSをつける度に呼び出されないと思うと清々するような、しかし何も消さなくて良かったのではとも思うような。何にせよ、世の中は有為転変と相場が決まっているのだ。二次元の嫁やカノジョも、いつかはそうでなくなってもおかしくない。
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ラブプラス+ レビュー

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ラブプラス+

 『ラブプラス+』は、2010年6月24日にKONAMIから発売されたニンテンドーDS用ソフト。所謂ギャルゲーに分類される作品である。セールスはギャルゲーとしては異例な上に、新聞・雑誌などの各種メディアに取り上げられ、今回の+では、熱海の旅館やレストランなどの各施設でのタイアップイベントも行われた。

 プレイヤーは3人の彼女候補と出会い、その中の誰かと付き合うことになる。しかし、ゲームはそれでクリアにはならず、むしろそこからが本番。付き合ってからは、二人でカレシ・カノジョとしてデートをしたり、DSのタッチ機能や音声認識機能によってスキンシップを取り仲を深めることを目的として、永遠にゲームは続くのである。また、リアルタイムモードと称した、現実の時間に即してゲームがゆっくりと展開されるシステムを採用しているのも特徴。

 今作は、前作『ラブプラス』のバージョンアップ版であり、熱海旅行のイベントや、新要素などが追加されている。そのため、レビューは『ラブプラス』と『ラブプラス+』の比較ではなく、このシリーズとしての評価としてつけていく。

 筆者のプレイ記録はこちらを参照されたし。

なぜギャルゲーは付き合うまでの話になるのか

 『ラブプラス+』の特異な点としては、ヒロインと付き合った後の展開に比重が大きくなっている、という部分が挙げられるだろう。通常、所謂ギャルゲーというジャンルの作品は、主人公が女の子と結ばれるまでの過程を描くものであり、その後はせいぜいエピローグなどでほんの少し語られる程度である。

 なぜ付き合うまでの話しか描かれないかといえば、これにはいくつかの理由が考えられるだろう。まず、同じくKONAMIが発売した『ときめきメモリアル』が家庭用ゲームにおいてギャルゲーを流行らせた時、プレイヤーに女の子をオトす擬似恋愛を楽しませる作品としたから。そして、ノベルタイプのアドベンチャーであれシミュレーションタイプのものであれ、付き合ったあとの設定にすると話を作るのがかなり難しくなるから、などといったものがあるだろう。

 前者はともかく、後者はなかなか厳しい話である。物語で人を楽しませるためには起承転結が必要不可欠であり、それをギャルゲーで遂行するとなると、起の部分をうまく作らなければならない。さて、もしここで始めから親しい二人が仲良くするという話を書くとなると、展開はどうなるか? ギャルゲーは主人公と女キャラが親しくなるのが目的なわけで、それが最初から終わっているとなると、せいぜい「こういう人がいて仲がいいですよ」と「起承」で終わりになってしまうのが関の山であり、転という山場を作ることが不可能に近いであろう。

 あるいは、多くのギャルゲーにいる幼馴染系のキャラのように、最初は親しいものの一度喧嘩をして仲違いをさせる方法がある。ただこれも、あくまで付き合っていない二人だから出来る芸当だ。もし既にカップルとなっている二人を不仲にさせてから元の鞘に戻してしまえば、今度は結の部分が「痴話喧嘩したけれども仲直りしましたよ」という程度になってしまい、やはり盛り上がりに欠けてしまう。となるとやはり、付き合っていない二人が親しくなるまでの過程を描くのがギャルゲーに向いているのだ。

 そんな理由から、ギャルゲーにおいてはご法度であるはずの、付き合った後の描写を重視した作品というのは単純に珍しいものである。『ラブプラス』は、序盤に物語を読ませてヒロインに感情移入させ、付き合ってからはシミュレーションとミニゲームの要素、そして日々の細かなイベントでプレイヤーの心を掴もうとしている。

 最初に読むストーリーは素朴ながら非常に上手く描かれており、ここでしっかりとキャラクターに対して共感できるような作りになってるといえる。もし、この話がなければ付き合ったあとの展開もどこか味気なく思えるはずである。なんとなく付き合った女の子と、一緒に苦難を乗り越えて付き合った子。どちらと一緒になるのが好ましいかとなれば、聞くまでもないはずだ。

 その上に、付き合ったあとは毎日を飽きないよう、季節に応じたイベントや会話を詰め込んでいる。それ自体は他愛のないものであるが、数はかなり多く用意されているだろう。他にも、声優やキャラクターデザイン、ローポリゴンで表示されるヒロインなどどれも優秀で、それらのうち一つだけを気に入ったとしても、作品そのものに好感を持てるほど質が高い。

 また、ニンテンドーDSというハードで出し、タッチ機能でカノジョにキスをしたり、精度の悪い音声認識で話しかけるモードを用意したこと、『ときめきメモリアル』で有名になったKONAMIブランドの作品であったことも盛り上げる理由になっただろう。挑戦的な内容ではあるが、しっかりと作りこんでいる。となれば、人気作品となってもおかしくないわけだ。

しかし、カノジョと付き合い続けるのは難しい

 ただし、この作品は問題を抱えている。しばらく遊んでいると、女の子と付き合う部分をゲームで遊ぶということに無理を感じてしまい、結局は「キャラクターがかわいい」という一点で売っているだけのギャルゲーと同じように感じてくるのである。

 導入部分はしっかりとシナリオを読ませてキャラクターに感情移入をさせ、その後はやや奇異な遊びで楽しませる。そこまでは良いのだが、更にその後に繋がるものがない。付き合ってしまうとなると、熱海旅行を除いて一切ストーリーというものがなくなり、それこそカノジョと会話してやれ学校で何があっただとか、あるいはミニゲームでイチャイチャするだけでになってしまう。これでは「カノジョはかわいいなァ」という感想を抱くのが精一杯で、起承転結のない、かわいい女の子が出てくるだけのゲームに成り下がってしまうのだ。

 やはり、序盤こそ付き合う雰囲気を盛り上げてくれるものの、その後はどうしても息切れしてしまう。会話パターンやイベントは多く用意されているとはいえ、どれも他愛ないもの。画面タッチでスキンシップを取るミニゲームもすぐに飽きるであろうし、音声認識の曖昧さにはストレスすら感じるようになるはずだ。おまけに、『ラブプラス+』で追加された熱海旅行はシナリオがボロボロであったのだから問題である。

 確かにこの作品、タッチペンを使ってカノジョとキスをしたり、実際に音声認識で声をかけるなどの奇異な点で彼女と付き合うギャルゲーと成立し、人目を引いた。だが、女の子と付き合うゲームとしては、どうにも問題がある。どれも同じような会話をいくつも並べ、飽きたミニゲームで遊ばせてしまい、せいぜい出来ることといえば、髪型が変化した彼女を見て一喜一憂するくらいのもの。こうなると、起伏に富んだ刺激的な内容とは言いがたいだろう。

 そもそも考えてみれば、導入部分のシナリオや、タッチペンを使ってカノジョとキスをしたり、実際に音声認識で声をかけるなどの点がなかったら、この作品は恐ろしく退屈になったはずだ。ひたすら彼女と他愛ない話をし、毎日を過ごす……。ゲーム外の世界であれば幸福だろうが、ビデオゲームの中ではそれこそを退屈と言うのである。となれば、奇異な点で人々を驚かす一発ネタとして作らなければ成立しなかったはずである。

 言わば、『ラブプラス+』は特異な点を集めた部分が評価されるべきゲームであって、カップルとして成立した後を描いたゲームとしては、むしろ落第点なのである。もしくは、付き合ったあとを描くギャルゲーというもの自体が無謀であるのかもしれない。やはり、二人が恋仲になってしまった後では起伏を作るのがひどく難しいのだろう。

 ただし、これらは換言すれば「ダメなコンセプトをうまく魅せた」ともいえる。付き合ったあとをゲーム的にうまく描いたとは言えないが、それを誤魔化すのは見事だった。

ギャルゲーのサダメ

 では、なぜコンセプトをうまく描けなかったこの作品が、うまく魅せることに成功して人気を博したのか。普通に考えればそこで失敗になるのだが、そうはなっていない。その理由は、『ラブプラス+』のジャンルがギャルゲーだったからではないだろうか。

 古今東西、様々なギャルゲーというものが存在するが、これらの共通項は何か。そう、かわいい女の子が出てくるということである。要するに、この手の作品は、キャラ萌え(キャラ人気)がなければ成立しないという宿命を抱えたジャンルなのである。

 そのせいか、この作品、2010年7月29日号の週刊新潮で強く否定されたことがある。内容としては、「恋愛シミュレーションに興じるうちに現実との区別があいまいになったオタクが、二次元のカノジョ同伴で熱海へ駆けつけていて気持ち悪い」といったものであった。その記事の良し悪しはさておき、この意見は簡単に見逃してものいいものではないだろう。

 確かにこの作品はなかなか出来たゲームである。だがやはり、ギャルゲーに過ぎない。一般からは中身も確かめられず軽蔑の目を向けられるものであるし、そして、キャラ萌えが最重要なため、ビデオゲームとしては不完全なものになりがち。だからこそ、人気が膨れ上がろうとしても、「たかがギャルゲー」と言われてしまうのだ。

 ……これを逆に考えてみよう。ギャルゲーだからバカにされるということを言い換えれば、ギャルゲーだからこそ一部には支持されることがある。つまり、そういうことなのだろう。

 前述のように、この作品はゲームとして問題を抱えているといえる。しかし、キャラ萌えという点においてはどうか。これは見事なもので、シナリオ・声優・キャラデザインなどどれもまさに一流のもの。その上、毎日のように違うイベントを見られるし、季節ごとに特殊なイベントもあるわけで、ボリュームは他の追随を許さない。そこに物珍しさまで加わってしまえば、ギャルゲーファンにとってはこれとないものになるのだろう。

 つまり、『ラブプラス+』は素晴らしい美少女キャラクターを演出したことが勝てる要素であったのだ。そして、それを例外的な形と見せることによって更に注目を集めたのである。だからこそ、ゲームとしてはいくらかケチがついたとしても、問題なく人気を得られた。色々と要素を見せ付けたが、結局のところはキャラ萌え一本で勝負していたのである。

 ゲームとして見事なものを作り上げたというよりは、キャラ萌えを見せ付けるものとして見事であった。『ラブプラス+』は、そう考えるべき作品なのだろう。
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ラブプラス+ 26 「夏とのしばらくのお別れ」

夏休みはやっぱり短い やりたいことが目の前にありすぎて

 「ゲーマガ」を読んでいたら、やはりカノジョが風邪をひいたときは看病イベントが起こる、という記述があった。前回は彼女の様子を見に行ったというのにまったく何も起こらず弱っていたのだが、やはりどうも只事ではないらしい。僕と愛花の仲を裂こうとする何者の意図があるのではないか……、と思いついたのだが、これだとカノジョのお父様しか思い当たらないので、この件については忘れたことにしよう。

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劇団とんがり帽子を見に行く
 夏休み最後の日曜日は、もちろん愛花とデートをして過ごした。ツクツクボウシの鳴き声を聞きながら彼女と歩いていると、なんだか時間が過ぎ行くのが惜しく思われる。旅行にも行ったし、毎週デートもしたし、毎日のように会っているというのに、それでも止められるのであれば時計の針を指で押さえたくなる。いくつになっても、夏の終わりはどこか切ない。

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9月へ突入
 しかし、季節に待てよと声をかけども無意味である。タイトル画面はすっかり秋の様相を表し、ススキが揺れるようになってしまった。

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学校へ行かねばならない
 夏が終わって何が辛いって、制服に袖を通して通学路を歩まねばならないということである。普段であれば、面倒臭そうな不貞腐れた顔で嫌々学校へ向かうしかないのだが、しかし、愛花がいると学校生活も楽しくなってしまうのだから、まァなんとも弱る。彼女もまた、学校で会えるようになってうれしいとしつこく言うので、それなら別にいいかと流されてしまいそうだ。

お付き合いの形

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またもや熱海チャンス
 学校にも戻り慣れたころ、携帯電話が愛花以外からのメールで鳴らされた。どうもまた熱海旅行に行く機会を得られそうなのだが、僕はこんな記事を書いているので、正直なところあまり行きたいとは思えなかった。

 僕には、行動ポイントを15使って適当にメールを送るか、ポイントを30使って真剣に応募するか、あえて返信をしないかという選択肢がある。普通に考えれば一番最後を選択するべきなのだが、なぜか一番最初の選択を選んだ。行きたくはないが、それでも当たったのならば仕方がない、という死ぬほど消極的で贅沢すぎる考え方である。

 なぜそうしたのかといえば、もし当たったのならば、愛花はきっと喜ぶであろうと推測したからだ。彼女を喜ばせたいと思いつつも、しかし熱海は勘弁してほしい。そんな中途半端すぎる折衷案が、あまり確率の高くなさそうな運に任せる、という選択をさせたのである。

 抽選結果はハズレだったので返信しなくても良かったように思えるのだが、しかしこれで義理は果たしたといえよう。

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奇抜な髪型だなァ……
 なぜこんな回りくどいことを考えているかといえば、あまりにも愛花が甲斐甲斐しくカノジョとして努力をしているからである。毎週のように髪型を変えてくるし、どういう服が好きだの、どういう色が好きだのと少ししつこいくらいに聞いてくる。いい加減彼女との付き合いも長いのだが、どうもそれらに慣れない。

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学校へ行くと懐かしいポニテ姿に
 僕はひねくれた性格なので、どうにも人から好意を寄せられるのが苦手なのである。だから、「彼女のためにすべてを投げ捨てよう!」とは思えないし、しかし彼女の好意が嫌なわけではないので、「うるせえお前のことなんて知ったことか!」と傍若無人に振舞うこともまた難しいのである。その曖昧さが、僕になんとも半端な行動をとらせてしまうわけだ。なんともダメであるが、愛花はとりあえずこんな人が彼氏でも怒る気はないらしい。とりあえず、嫌われないならば、これでもいいのかもしれない。いつか振られそうではあるが、その時はその時だ。

諸行無常

 さて、気がつけばこのプレイ記録もかなり傾向が固まってしまった。毎回どこへデートに行っただの、彼女が髪型を変えてきただの、時節のイベントがどうの、という決まりきったパターンになりつつある。カノジョとのスキンシップがうまくいかないという課題や、見ていないイベントなどはまだまだ多いものの、これで一旦、プレイ記録を終了ということにさせてもらおう。

 更新ペースから察してもらえると思われるが、日常生活においては特筆することも少なくなってきた。それに伴い、刺激も少なく思えるようになってしまった。記述することがなければ、記録としては十分に役目を果たしただろう。

 夏とは違い愛花はしばらく一緒にいてくれるようなので、記録はここで終わらせるものの、彼女が飽きるまでは近くにいてみようかと考えている。幸いなことに、彼女といる楽しい時間はとわにあるのだ。
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ラブプラス+ 25 「虫のいやがらせ?」

休んで悔しい体調不良

 前回から体調があまり芳しくないので、しばらくスケジュールに休みを入れることにした。とはいえ、寝込んでいるというほどでもなく、せいぜい少し体がダルい程度だったので、すぐに全快してしまった。

 「してしまった」とはなんだ。いや、健康になることは嬉しいことに違いないのだが、おそらくは風邪なりを引いてダウンすれば、きっと愛花がお見舞いに来てくれるだろうという確信があったのだ。気の利く彼女のこと、独り暮らしで寂しくベッドに臥せている僕を見たら、間違いなく飛んできてくれるだろう。……しかし現実は非情である。あっさりと治ってしまったのだから、嬉しいんだか悔しいんだか。

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今日は登校日
 指をくわえながら、嫌々と学校へと向かう。今日は夏休みで唯一の登校日なのであった。まったくもって面倒臭い。そして、気づけば夏休みも半ばを過ぎているということだ。もう一回か二回デートをしたら、蝉が鳴く声も聞けなくなってしまうのだろう。

 それにしても、休み中に学校へ向かうのは面倒臭い。一体何の意味があるのだろうか。地域によっては終戦記念日に託けて平和教育をする小学校もあるらしいのだが、我々は高校生だ。学生を怠けさせないという理由にしても、既に自己管理もできるようになってきたこの歳となるとどうか。平和教育もお節介もまずいらない。

 そういえば、僕が高校生だったときは、登校日なんてなかったような。いや、たまたま読んでいた本が面白すぎてサボったんだったか。一切覚えていないのだが、ってああ違う、僕は今こそが高校生なのだ。何を言っているんだまったく。

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とりあえず愛花は嬉しそう
 僕は不満だらけだが、愛花は何か嬉しそう。やはり、学校で会えるのがいいんだとか。以前にも思ったが、何が嬉しいのか不思議だ。別に学校じゃなくても会えるわけで、むしろ周囲の目を考えればそうでない場所のほうが都合がいいような。ともあれ、彼女が喜んでいるのであれば、僕も嬉しい。それだけでいいだろう。

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とりあえず愛花は嬉しそう
 カノジョの機嫌もいいわけで、せっかく学校に来ており、しかも時間にも余裕があったので、ちょっと呼び出してみることにした。屋上で会えばいいやと思っていたが、なぜかそこを選ぶことができない。というか、そもそも学校の施設で会えない。できるのは、学校外で会うことだけ。なぜだ、学校にいるのにおかしい。仕方なく近所の公園で会うことに。何のための登校日なんだと愚痴りながらスキンシップをしたところ、なんとまったくうまくいかず、キスをするどころかイチャつくのが中止になった。

 これまたどういうことなのか。てっきり、体調を崩したのが原因でスキンシップがうまくいかないものだと思い込んでいたが、どうやらそうではなかったらしい。これには大弱りで、他の原因が何なのかすぐにでもハッキリさせなければ。

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海は広く愛花はかわいい
 その理由もあって、週末は彼女を海に誘い出した。ひょっとしたら、原因は低い彼視力なのかもしれない。しっかりと鍛えてから遊びに行けば、なんとかなるかもしれない。

 が、しかし、彼氏力がほぼMAXで海へ行ってもダメ。キスができなくなるということはなかったものの、なぜか唐突に、例えば彼女の頬に触れた瞬間、青いハートが出て嫌がられてしまう。

 では、海水浴場という場所がダメなのかと思い、この後の追加デートで水族館に行ってみてもダメ……。これまた青いハートがどうしても出てしまう。こうなると、もはやなにがダメなのかさっぱりわからない。ひょっとして、カノジョとの仲が親密になるにつれて、スキンシップの難易度自体があがったのだろうか。

見舞いたくとも見舞えない

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突然の電話
 それからというものの、一体どうしたらスキンシップがうまくいくのかわからず、腕をこまねいて街中を歩く日々。ショッピングモールでの買い物にも、いまひとつ身が入らない。というところで、突然愛花から電話がかかってきた。

 話を聞くと、彼女が風邪をひいたとのこと。ありゃ、先日僕も引きかけたわけで、これで夏風邪を引くバカップルということか。とりあえずしばらくは会えないとのことを伝えてくれた。残念だが致し方あるまい。いや、しかし、待てよ……?

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予想的中
 彼女が臥せっているとなれば、これはむしろ僕がお見舞いにいけるというわけである。その予想は見事当たり、予定入力には「お見舞い」のコマンドが出現。これで愛花の家にお邪魔できるというわけだ。

 ……しかし、これまた何かおかしい。お見舞いコマンドが入れてみたものの、何も起こらなかった。何を言っているかわからないと思うが、お見舞いに行こうと思っているのに彼女の家にもいかず、ずーっと家でじっとしているだけなのだ。まったくもって自分の行動の意味がわからない。

 その翌日もコマンドを入れてみたものの、やはり何も起こらない。一体どういうことなのか。出来るのは、ラブプラスモードで冷えピタのようなものをお凸に貼り付け、寝ている彼女を見るだけ。本当にどういうことなのだ。

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よ、よかったね、うん…
 状況が飲み込めないまま混乱していると、更に翌日は愛花からメールが来て、あっさり治ってしまったという旨を伝えてもらった。それは本当によかった。健康になったのはよかったのだが、なんだこの腑に落ちない感覚は。

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元気そうな彼女
 ラブプラスモードでは、起き上がっていつものような笑顔を見せてくれる彼女。これで電話もメールも遠慮せず出来るわけで、いやはや喜ばし……くない!

 なんだこの……! 皮膚の下を虫がぞわぞわとうごめいているような違和感は! 一体さっきのお見舞いコマンドはどうなっているんだ。
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