LIMBO レビュー

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LIMBO

 『LIMBO』はXboxLiveArcadeで2010年7月21日に配信された、物理演算を利用したアクションパズルゲーム。開発は、PLAYDEADというデンマークのスタジオとのこと。値段は1200MSP。

 主人公である少年は、妹を探すためにlimbo(地獄の辺土)に足を踏み入れる。ジャンプアクションやパズル的な謎解きで、様々な罠や殺意を持った敵を退け妹を発見するのがゲームの目的である。

 この作品はGame Developers Choice Awardsで10部門中7部門選出されるというかなりの高評価を得た作品である。点数評価もレビューも好評が多く、特に海外でかなりの人気を誇った。筆者は昨年末の値下げセールの際に800MSPで購入し遊んだので、今更ながらこうして感想を書くこととなった。

 ゲーム詳細については、だいぶ過去に書いた記事であるが当時体験版を遊んだ際の記録を参照されたし。

○ LIMBO 体験版
http://hakotossdm.blog42.fc2.com/blog-entry-821.html

とりあえずわかるところ

 前述のように、『LIMBO』は言うまでもなく素晴らしい評価を得たゲームなのであるが、今回のレビューは筆者が「そう感じなかった」ということを記すのが目的である。もっとも、この作品やその作者を誹謗中傷しようという質のものではなく、ゲームプレイヤーとして能力が足りなかったというべき視点から、ゲーム内容がよく理解できなかったという書き方をしたいと考えている。

 さて、この作品は周知の事実と言ってもいいほど良く出来た作品であり、そこは僕も積極的に認めたい。

 まず、ジャンプアクションにパズル要素を加えたゲームの構造としては素晴らしい。序盤のチュートリアル的な内容から次第に内容が膨らんでいき、やり応えも増してくる。そして、内容的にも緩急がついており、最初は単なるトゲや罠だが、大きな蜘蛛やら水攻めやら機械仕掛けの殺人道具など、次第に手が込んできて飽きさせない。どこへ行っても適度にやり応えがあり、リトライも容易で嫌な気分にさせられることもない。

 ただし、アクションパズルとして非常に素晴らしいかと言えばそうでもない。これはほとんど同じジャンルである『Braid』に近く、あくまでもそこで展開される光景や限られた世界が美しいのだ。ゲーム部分はリプレイ性もなく、隠し要素はあるがこれといって特別なものではなく、はっきり添え物だと言い切ってもいい。

 そんなわけで中でも特に素晴らしいのが、ゲームに蔓延する雰囲気だ。音楽はほとんどが環境音のみで、グラフィックもモノトーンで表現されたものだけなのだが、これが抜群な効果を挙げている。世界は白と黒、要は光と闇のみで構成されており、害をなす悪魔のような敵が登場する点や、主人公が凄惨な死に方をすることも相まって、不安に満ち溢れているのに目を奪われるという矛盾した世界が構築されている。

 とにかくこの芸術的な世界に引き込まれるのが『LIMBO』のウリであろう。悲惨で狂気に満ちていて、しかしどことなく光明がありそうなこの場所に、ついつい足を踏み入れたくなるのだ。

「わからない」と言うレビュー

 とりあえずそこまではわかるのだが、しかし決定的に理解できない点がある。それは、この作品が具体的にどういう物語を持っているかというところだ。

 少年は妹を探しにlimboへと足を踏み入れるのだが、その理由も背景も特に描写されることはない。劇中に登場する文字はせいぜい「HOTEL」くらいのもので、あとは何も語られないのだ。では、プレイヤーは一体どうやって状況を把握するのかと言えば、示唆に富んでいる状況や設定から考えるしかないのである。

 この作品の題が『LIMBO』であるように、少年がいる場所というのは、洗礼を受けなかった幼児達が集う地獄の辺土なのだ。ということは、そこから意味合いを読み取り物語を想像することが必要となる。そして、もしそれができなければ、何が何やらとなってしまうわけである。

 おそらく理解できなかった人でも、どことなく存在している不安感や、仕掛けに用いられる船などの物や敵といった存在が何らかの意味を持つということはわかるだろうが、決定的にプレイヤーが何をどうした・どうするかはわからない。この作品はエンディングも実に簡素なもので、決定的な場面というのもない。つまり、その背景を知って想像しなければ何ら伝わることはないのだ。

 無論、この作品においては「こういう解釈が正しい!」という確固たるシナリオがあるわけではないのだが、それでも理解度が低いと訳がわからず、先へと進むことへの意欲を欠いてしまう。ゲーム的には良く出来ていることに違いないものの、あくまで場の雰囲気が最大の魅力であり、それでプレイヤーにコントローラーを握らせるための意欲を掻き立てているわけだ。

 しかし、そこへの理解が失われた瞬間、『LIMBO』は「腑に落ちない良く出来た凡作パズルゲーム」へと変化してしまうのである。よくわからず興味を失われるということになってしまえば、もはやプレイヤーをモニタの前に座らせることは難しくなるだろう。僕は、まさにこの状況に陥ってしまった愚かなゲームプレイヤーだったのだ。

あやふや

 これは作品やプレイヤーの良し悪しではなく、ゲームの性質であるのだろう。例えば、これにある程度台詞なり語りを入れて話をわかりやすくすることは可能であろうが、おそらく野暮になってしまう可能性もあるはずだ。

 しかし、やはり海外産のゲームを遊ぶ上において、このプレイヤーの知識だとか想像力の有無というのは大きい。『LIMBO』はメニュー画面や実績などはローカライズされているが、しかしそもそもlimboという単語を知っている日本人は多くないであろうし、どういう状況から作り出されたのかもわかりにくい。故によくわからないという状態に陥るのも致し方ない面もあるのではないか。

 わからなければ調べれば済む話なのだが、しかしビデオゲームは娯楽である。必ずしも調べる人は多くなく、ましてやきちんと情報をまとめる人も目立つわけではない。こうなると、訳がわからなかったということで終わりになるプレイヤーも出てきてしまうのではないか。

 何もゲームが全てわかりやすくあるべきなどとは毛頭も考えていないので、『LIMBO』はこれで良いのだろう。しかし、メニューだけを日本語にして、この形のまま受け入れさせようとするのもまた、いくらか疑念が残るようにも感じられてしまう。そんなことを思わされる作品であった。
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