キャサリン レビュー

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キャサリン

 『キャサリン』は2011年2月17日にインデックスから発売されたアクションアドベンチャー。開発はアトラスのペルソナチームとのこと。

 主人公であるヴィンセントは、ある日突然恋人であるキャサリンから結婚を迫られる。まだ自由に生きていたい彼にとってこれは悩みの種であったが、その問題は更に膨らむことになる。なんと、酒場で出会った金髪の女性とうっかり浮気をしてしまい、二股の関係を持つことになってしまったのだ。更に、その晩から「落ちると死ぬ」と噂される悪夢を見るようになってしまい……。果たしてヴィンセントは無事に生き残り、二人のどちらかを選ぶことができるのか? といったシナリオになっている。

 作中のアニメはSTUDIO 4℃が担当し、その上声優も非常に豪華で、主人公のヴィンセントが山寺宏一に、ヒロインは三石琴乃と沢城みゆき、サブキャラも名のある声優ばかりという豪華な作りとなっている。また、アトラスが手がける初のHD作品とのこと。

 ゲームはアニメムービーが見られたり選択肢を選んでいく必要のあるアドベンチャーパートと、悪夢を生き残るパズルパートで構成されている。

 内容把握のためにプレイ内容を記録したので、興味のある方は参照されたし。(ネタバレ注意)

○ キャサリンプレイ記録
http://hakotossdm.blog42.fc2.com/blog-category-54.html

『キャサリン』を如何に評価すべきか

 ビデオゲームに対する評価というものが簡単なものではないことは周知の通りである。例えば減点方式で採点するのであれば、開発資金の大してかかっていないゲームというのは相対的につまらないと考えられるわけだが、しかし実際のところは見た目のしょっぱいインディーズゲームですら面白いということがあり得るわけだ。他にも、ジャンルやプレイ内容が他作品の劣化コピーだとしても、独特の味わいや雰囲気が楽しいと言えることすらあるだろう。

 プレイヤー達はそれらをどう捉えているのかといえば、これはゲームを通して得た経験・体験が良いか否かという所によって判断しているわけである。無論、技術的側面や歴史的価値といった点から評価することもできるわけであるし、それはそれで重大な価値を持つ評価になるだろう。ただし、娯楽はやはり遊んで楽しいかどうかが大きな比重を占めるわけである。

 さて、『キャサリン』をどう評価すべきかについてだが、ゲーム内容の出来としてはかなり素晴らしいものを持っていると言えるのである。この作品は前述のようにアドベンチャーパートとパズルパートで構成されているのだが、前者に含まれるアニメーションや3Dグラフィックスは見事なものだし、パズルパートは歯ごたえもありボリュームも満点で、ミニゲームまでこだわっていれてくれている。他にも、音楽、声優、チュートリアルやロード時間など、どの要素を見ても落ち度は少ない。

 このような前置きと褒め言葉を書いた時点でわかってもらえると思えるが、しかし『キャサリン』を実際に遊んでみた結果としての心証は恐ろしく悪い。理由は簡単で、僕がこの作品に求めていたものが、その良く出来た部分に無かったからである。

恋愛粉飾ゲーム

 一言で言えば、『キャサリン』につけたい評価は「恋愛粉飾ゲーム」である。恋愛という割とウケのよさそうな要素で貧相に見えてしまうゲームプレイを粉飾した、羊頭狗肉と言うべき作品だ。

 この作品は一体どのようにして広報されたかと言えば、恋愛ホラーアドベンチャーとしてである。STUDIO 4℃の作成したアニメパートを大きな売りにし、豪華声優陣を揃え、アダルトでホラーな味わいを持つ独特なゲームであると広められたのだ。無論、僕もそこに期待して購入したわけである。

 しかし実際のところ、ほとんどがパズルゲームで内容を占めていた上に、アドベンチャーパートはひどい出来だと言うしかないものだったのだから、ガクリと肩が落ちるものである。体験版ではパズルとアドベンチャーの比率が5:5に調整されていたが、実際は8:2くらいのものだったわけだ。

 アドベンチャーパートは選択肢や分岐の意味がほとんどないという恐ろしく貧弱で悲惨な状況であり、マルチエンディングなのに最後の最後まで話が一切変わらないという有様。シナリオは練る時間が足りなかったのか、かなりの部分に強引な展開や拾いきれなかったと思わしき伏線があり、そもそも話自体が恋愛模様を描くものでなく、人智を超えたもの対人間というRPGかファンタジーのようなものになっている。これを恋愛劇というのは爆笑ものであるし、分岐もほとんど意味をなされておらず物語に決定的な矛盾を作り出してしまうのだから、失笑ものだ。

 その上更に問題があり、パズルパートの難易度が(あくまでアニメパートを見るための障害壁としては)やたらと高い上にプレイ時間も長い。何より難題なのはアニメパートとパズルパートの関係性で、特にパズルをプレイする原動力が悪いのである。これのお陰で、大部分を占めるパズルパートを嫌々プレイするプレイヤーが多い。

 これを詳細に説明すると、パズルパートをプレイする動機付けが外的な報酬にある外発的動機づけになっているのである。要は「アニメパートが見たいからパズルを頑張る」ということになっているわけだが、これは大きな問題を孕むことになる。

 何に対してもそうであるが、何かに対し努力する場合は原動力が必要である。外発的動機付けは、何かの報酬やあるいは罰、もしくは義務があるために行動するわけだが、これはことゲームと相性が悪い。そもそもなぜ我々がビデオゲームで遊ぶかといえば、それは単純に楽しむためである。つまり、難しいゲームを頑張る原動力というのは、その対象そのものへの興味や関心を自ら持って遊びたくなる内発的動機付けである必要があり、ゲームを遊ぶことに意味や賞罰や価値があるのではなく、それそのものが楽しい必要がある。

 残念なことに、外発的動機付けはビデオゲームを楽しむことの動機とまったく違う。そしてその場合、報酬そのものがやる気へと摩り替わってしまう問題があるわけだ。『キャサリン』で言えば、パズルパートはアニメパートを見るための課題、もしくは義務でしかないのがいけない。この作品のようになってしまうと、パズルパートの必要性がプレイして楽しむことでなく、結果(アニメ)を得るための作業になり楽しめなくなってしまうのだ。こうなると、いくらパズルがきちんと作られていようとも、かったるいだけになってしまうわけである。

 勉強で例えると、テストで高得点を取った場合に何か報酬を与えるようなものである。これは教育的にかなり問題があり、勉強する意義が“学習すること”ではなく“報酬を得ること”に摩り替わってしまうのだ。こうなると、勉強するより働いたほうがまともに金を稼げることになってしまい、結果、楽しくもない勉強が嫌いになってしまうという有様なのだ。更に外発的動機付けの場合、報酬が喜ばしくないものになると努力をする気が完全に失せる。つまり、終わりになるにつれて物語がつまらなくなるこの作品はもはや面倒でしかなく、煩わしすぎるパズルをプレイするよりも、動画サイトで中身を見たほうが楽しいということになってしまうわけである。

 結局のところ、ビデオゲームを遊ばせるのに必要なのは「今遊んでいるゲームそのものが楽しく感じる」ということなのである。ピンボールの歴史において景品を得られるゲーミング機に近い種類のものが淘汰されたことからわかるように、作品そのもので遊ぶことが重要なゲームにおいては、どこにおいても純粋に楽しみのために存在しなければならず、義務や賞罰とは別の立場にいるべきだ。今回の作品で言えば、パズルはパズルで、アドベンチャーはアドベンチャーで切り離されて楽しみを持たなければまずかった。

 よって、この『キャサリン』はアドベンチャーゲームとして見た場合にはかなりの不満が募る出来となっているわけだ。パズルパートを義務として長くプレイせねばならず、ひたすらに疲れるのみ。おまけに報酬もあまり喜ばしくない問題のあるものというわけで、とにかくガッカリになってしまう。アドベンチャーパートを期待した人の多くの印象は、これに尽きるとしか言えるだろう。

なぜこんなことになったのか

 ではなぜ『キャサリン』がこのようなことになってしまったかと言えば、事前の広報がまずかったわけである。アドベンチャーと感じさせたために、パズルが多い実情との差異が出てしまったというわけだ。

 こういった宣伝と内容がかみ合っていないゲームは多く、『S.T.A.L.K.E.R.』を期待された『Metro 2033』だとか、『The Elder Scrolls IV: Oblivion』をユーザーに勝手に期待された普通の洋RPGだとか、あるいは単純に期待度が高すぎてガックリさせられた『センチメンタルグラフティ』などという作品郡があり、このような事例は枚挙に暇がないわけである。

 そもそもこの作品はパズルパートの出来から見るに、パズル要素ありきで後からアドベンチャーを付け加えて作られたようなので、こうなるのは仕方なかったのだろう。どこを見ても大人の事情で残念な仕様になってしまった部分が多い。

 まずアドベンチャーパートよりパズルパートのほうが圧倒的にボリュームが多く、煩わしく感じられる部分。これはゲームにおけるボリュームを考えた場合、どうしてもこうなってしまうわけだ。分岐があるゲームでアニメーションを用意する場合、多大な量が必要になってくるわけである。しかし元からこういったアドベンチャーにすることを考慮していない場合、アニメの分量はそこそこにしてパズルを前面に押すしかないわけだ。しかも、プレイ時間を稼ぐには難易度を上げるしかないというわけである。

 そして、結婚や恋愛といった現実的な題材を用いているのに、落としどころは強引なファンタジーである部分だが、これはシナリオが後付だから出てしまった問題だと思われる。物語重視の作品はサウンドノベルやテキストアドベンチャーとなるわけだが、しかしこの作品はパズルを前面に押す必要があったわけで、こうなれば分岐やまともな物語などまともに作れず、こうして強引に落とすしかないのだろう。それにしてもまだやりようがあったように感じられるが、本当に時間が無かったのかもしれない。何せよ、後付のせいでパズルとアドベンチャーの対立構造が成立してしまったわけだ。

 こうして、せっかく面白い題材に目を付けたように見えるゲームだったのに、肝心のウリが貧弱すぎた為に愕然とするしかない作品が出来上がった。いや、単なるパズルゲームに面白そうな題材をつけただけなのだから、そこが無いのは当然と考えるべきだろう。その点を考えると、うまくガワを作って売りつけたとも言えるわけだが、プレイヤーからすればこれを詐欺だとかクソゲーだとか言いたくなるわけでもある。

 そのため、この販売手法が問題であると言えよう。今やビデオゲームにおいて没個性的な作品は強烈な宣伝をしなければ売れないわけで、もし『キャサリン』が単なるパズルゲームとして販売されたのなら、あっさりと埋もれてしまったはずである。そんなわけで恋愛要素だの修羅場だのを付け加えたわけで、ある意味でこの作品は地味すぎる内容を強引な手立てで騙しきったとも言えるわけだ。

 これに関しては、一人のプレイヤーとしては最悪・最低としか言えない。見事に騙されたという爽快感と、今すぐ中古に売り出して他のプレイヤーに安価で押し付けたい気持ちが混在している。

『キャサリン』はパズルゲームとして遊べ!

 さて、散々悪い点ばかり記していたが、この『キャサリン』のパズルパートの出来については折り紙付きである。もともとはパズルゲームとして作られたはずなので、これが最悪だったら完璧に駄作になってしまうわけだが、そこはさすがに回避できているようだ。

 積み重なるブロックを引いたり押したりしながら上へ登っていくタイプの『バベルの塔』を彷彿とさせるようなゲームプレイであるが、操作性がやや悪いことを除けば非常に素晴らしい。本編・ミニゲーム・おまけモードとボリュームは豊富であるし、敵に追われる緊張感を持ちつつクラシックを基調とした音楽の中、論理的な回答を求めていく楽しさがギッチリと詰まっている。難易度の高さも、パズルゲームとして考えれば問題にならないだろう。

 そして前述のように、質の高いアニメパートにそれとの差異による違和感を感じさせない3Dグラフィックス、味わいのある世界の構築も見事であるし、「ペルソナ」シリーズのファンへのサービスがあったり、スタッフの遊び心も十分に込められているだろう。珍しい題材であるという点はかなりの肩透かしであるが、そこをあらかじめ理解しておけばいいのだ。

 そんなわけで、とにかくアドベンチャーなんてどうでも良く、パズルゲームを遊びたいというプレイヤーが遊ぶべき作品である。この作品において嘆くべき点は、本当にそういったパズル好きなプレイヤーに届いたかどうか怪しい点であろう。そして、アトラスはネタバレ禁止などと言っている場合でなく、パズルパートの面白さを更に伝えるべきなのだ。(実際のところ、物語がショボいとバレてしまうと買われなくなるためなのかもしれないが。)

 以上の理由から、『キャサリン』は恋愛粉飾パズルゲームと評価したい。久々に騙された買い物をしたわけだが、こういう作品は評価に困るだけでなく、出来が良くても楽しめないので勘弁願いたいところである。そして、せっかく面白いパズルゲームを作ったのにその点ではあまり評価されないことを考えると、とにかく残念に思えてしまう。
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コメント

はじめまして。
パイの実さんとの平行プレイ日記を楽しく拝見しておりました。
個人的には非常にツボに填まった作品でしたので、どういった点がマイナスと感じられるのかも興味深く読ませて頂きました。

ただ一つ気になったのですが、人知を超えた存在によって動かされるというシナリオは狙ってやったものではないかな…と思います。
諸々の神話や伝承、或いはシェイクスピア劇等で描かれる恋愛劇は、神々や妖精といった人ならざる存在によって人間が翻弄される物語が多く見られます。
「キャサリン」は、まさにそれを地で行くプロットだったように感じられました。
もちろんそれに対する賛否はあるでしょうが、後付けで無理矢理纏めたとは言い難いのでは…と思った次第です。

それでは、失礼致しました。
次回作のレビューも楽しみにしております。

rkさん、はじめまして。
記録を読んでいただきありがとうございます。なんだかこのタイトルはやたらと中身が気になる方が多いようで、閲覧数も多く驚いております。

ご指摘の内容ですが、もっともであると思います。特に神々が出る作品をよく作っているアトラス製作であることを考えれば、恋愛が題材で神々が話に関わってくるのはおかしくないですね。
ただ、それでも僕がひどい話だと思ってしまったのは、この作品のウリが現代の現実的な問題を取り上げたという所があるからです。発売前のPVでは国内で街中でのアンケート風にカップルなどへ「結婚したいか?」と質問をしたりしているし、舞台が海外でありつつ日本風だったり、あるいはヴィンセントの年齢を考えると、日本国内の晩婚化という問題を描くのではないかと期待させられていたため、それをファンタジックな内容で処理したのが不満なわけです。つまり、現代の現実的な世界に神を呼んだことが不満なわけで、神を呼ぶ話自体がまずいというわけではないと思っています。

と言い訳のようなことをさせてもらいましたが、明らかにレビューにおいて言葉足らずですよね。いやはや、相変わらず己の力量不足に気づかされます。こういった指摘をしていただけると本当に助かります。

rkさんが納得されるかどうかはさておき、こういった考えのもと、強引に終わらせたのではという考えに行き着いたことをこうして記させていただきました。また気が向いた時に読んでいただければ幸いです。

FF13と同じでひどかったなー ムービー見るためにゲームやるとか本末転倒だし
しかも難易度高くてストーリーがつまらないという
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