ショーウィンドウの中の美少女

駅のホームにて「あーん」をしよう

 あなたが駅のホームに立った時、美少女が飴を「あーん」としてきたらどうするか。まァ、驚くか動揺するかといった所であろう。口を開けられるという人は、少し格好をつけすぎだ。

lppnene_hhp.jpg

○ ホールズとラブプラスの寧々さんの駅限定映像を完全撮影、カレシに向かって「あ~ん」する内容に - GIGAZINE
http://gigazine.net/news/20110613_halls_loveplus_movie/

 今月の6日から、美少女恋愛シミュレーションの『ラブプラス』に登場するヒロイン、姉ヶ崎寧々がホールズとタイアップして専用の商品が発売されているようだ。しかも二次元の彼女がモニターから、飴を「あーん」してくれるCMまで用意されており、それが都心の駅で流れているのだから面白い話である。

 これを見て、「彼女は不特定多数の男に対してホールズをあーんしており、受け手はそれを許せるのか?」と言っている人を見た。まァ、自分の彼女が他の男にそうしていれば嫉妬するほうが普通だろうから、その言い分もわからないでもない。

 これに対する模範解答としては2つのものが存在する。まず、彼女は作中におけるイメージキャラが狸なので、許されるというもの。狸親父ならぬ、世故にたけており男を騙くらかす狸ヒロインなのかもしれないだろう。

 それはさすがに冗談で、さて二つ目の話だが、『ラブプラス』はプレイヤーそれぞれに独特の彼女が存在しているので、そういったことにはならないという意見がある。これは作中で、付き合っている彼女の髪型や性格やらが変わるから……なのだが、個人的にはどうも納得がいかない。

 というのも、キャラクターそのものはやはり一つだからだ。このCMを見たファンはこれが姉ヶ崎寧々だと認識するだろうし、「寧々さんにあーんしてもらっているんだ」と考えるのであろう。でなければ、この映像に価値はないのだ。

 ではなぜ、不特定多数の男にあーんすることが許容できるのか。いやむしろ、不特定多数にするから良いのではないだろうか。

lppnene_hcm.jpg

まるで女神か何かのように

 そもそもなぜ、不特定多数の男に色目を使う女を良しとしない考えがあるのか。これに関して書くと長くなるのであえて視野を狭くすると、番は基本的に一対一であり、彼女に他の男がいれば取られたことになるからだろう。

 しかし、この手の美少女キャラは誰か一人のものになることは物理的にも精神的にも不可能である。そもそも二次元キャラなわけで、セックスもできなければ実際に「あーん」をすることもできない。つまり、誰も彼女を独り占めすることはできず、存在を共有せざるを得なくなるのだ。

 これは現実のアイドルにも話が似ている。ファン同士においては誰がその子を取るのだと喧嘩することにはならないが、もし彼女が男を作ったとすればたちまち大問題となってしまうだろう。存在を共有している状況であれば逆に落ち着くというか、落ち着かざるを得ないのだ。

 よって、二次元の美少女キャラクターはまるで死後の楽園にいる美女か、誰も中に入れないショーケースに飾られた美女のようなものとなる。誰もが彼女と個人的な繋がりをもてない故に喧嘩などしても無意味なわけで、その好意を邪魔しようとはまずならない。そのため、もし彼女に魅了されたのであれば、鏡に映った自身に求愛行動をする鳥のように、好意を投げ続けるしかないのだ。

 こう言うと、なぜ手を出せないものに魅力を感じるのかという話になりがちだが、こういうほうが却って情熱的になれるのではないかと感じるのだ。ショーウィンドウに仕舞われたドレスや楽器にこそ魅力を感じるように、焦らされたほうが燃えるというのは多くの人が感じることであろう。もしくは、絶対に成就しない恋のほうが良く燃えるのである……と言えば、より多くの人に納得してもらえるのではあるまいか。あるいは、理想化した初恋の記憶を引きずり続ける男の心境と言ってもいいかもしれない。

 こうして、美少女キャラクターたちは愛し愛されることができるのだ。誰もが独占できない故に永遠なる全体の存在として愛される権利を得る。そして、誰もが触れられない故に彼女はすべてを愛す権利を得る。ましてや、奪い合う必要すらないし、相手の同意を得る努力も不要である。更に、触れられないが故により魅力的に映る。これこそ、博愛の精神を持った究極の恋人と言えよう。存在する次元が違うのが唯一の問題だ。
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

非公開コメント