『To the Moon』は、本当に「感動した」で終わらせていいゲームなのか?

今回は特別企画による『To the Moon』紹介&レビュー

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 今回の記事は、世界のインディーズゲームを日本語化し販売している「PLAYISM」の、『To The Moon』という作品のレビュワー募集企画によるものである。2012年11月16日に発売予定の本作だが、ベータ版のデータを頂き、遊んでこうして記事にしている。

 企画詳細については「To The Moon 11月16日配信決定 & レビュワー募集」を参照されたし。

 唐突な告白になるが、十数年前に僕の友人が自殺したことがある。今でも夢に見るほど気にしているわけではないが、しかしこうは思う。「僕に何かできなかったのだろうか?」と。

 だが、そんなことを考えても仕方がない。既に過ぎてしまったことだし、苦しんで死んでしまったのは事実のようだ。僕にできることは、いや、結果的にすることになるのは……。

 今回紹介するのは、Freebird Games開発のPCゲーム『To the Moon』だ。本作は死にゆく人をおくるアドベンチャーゲームである。

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『To The Moon』タイトル画面
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『To the Moon』の導入

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ひょうきんなコンビだが、きちんと仕事をこなすふたりでもある

 「シグムント・エージェンシー」に勤めるエヴァ・ロザリーンとニール・ワッツは、今際の際にいる人の最後の希望を叶えるという奇妙な仕事についている。真面目な彼女と、軽薄に見える彼は、こう見えても良いコンビのようだ。

 そんな彼女らがやって来たのは、波音が激しく聞こえる崖に建った一軒家。こんな辺鄙なところに住んでいる老人、ジョニーが依頼人のようである。

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家のある場所といい、折り紙の数といい、何か面倒なことがあったようだ

 しかし、依頼人であるジョニーは既に昏睡状態だった。彼女らは特殊な装置で彼の記憶に潜り込むため、屋敷の中で彼の記憶に関連した手がかりを探す。だが、そこには大量の折り紙で作られたウサギがあったくらいのもので、むしろ謎は深まるばかり。

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ジョニーが亡くなる前にすべてを終わらせなければ

 ともあれ、こうしてふたりはジョニーの記憶へと潜り込んでいく。彼の最後の希望を叶えるために……。

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ジョニーはなぜ月に行きたがるのか

 そして、記憶の中にいるジョニーは彼の望みを話してくれた。それは「月へ行く」というもの。だが、ジョニーはその理由もわからなければ、なぜ月がいいのかということすらも答えられなかった。

 こうなれば、ジョニーの記憶を手繰ってその根源を探さなければならない。エヴァとニールは、いかにして彼を月へ、そして、安らかな気分になれる場所へ送り届けるのだろうか。

『To the Moon』のゲームシステム

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要は5つのフラグを立てて先へと進むわけだ

 患者の過去を巡るためには、その場で5つの記憶を集め、メメントと呼ばれる特別な品に触れて更に古い時代へと移っていく。だが、その操作は一筋縄ではいかない。ここが記憶の世界のせいか、マウスでの移動はわずらわしくて何が重要な記憶なのかわかりにくいのだ。

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こういったパズルなど、ミニゲームがいくつか内包されている

 また、メメントから更なる過去へ向かうには、不完全なそれを完成させるパズルに手を出さねばならない。どうやら患者の記憶をたどるには、こういった一見して無意味な行為も必要なようだ。

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ジョニーの過去に隠されたものとは?

 ともあれ、こうしてジョニーの過去を知っていくことが肝なわけである。彼が月に行きたがったのは、彼の奥さんであるリヴァー、ひとりぼっちの“アーニャ”なる存在、そして、記憶の奥深くに眠る何かによってだった。

 こうして過去を求めるエヴァとニールは、いずれ彼の悲しい過去と、ジョニーにも隠された真実を知ることになる。そして、彼の人生という物語に強く引きこまれていくのだ。

はたしてジョニーの美しい死に際は、感動だけをしていいのだろうか

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プレイヤーはゆっくりとジョニーの人生を歩み、知る

 ところで、本作はRPGツクールで制作されている。これを聞くと敬遠したくなるプレイヤーがいるかもしれないが、本作の見所を考えてみればこれは欠点とならない。

 確かに、アドベンチャーゲームとしてのシステムとしては三流あたりだが、前述のようにジョニーの記憶をたどる物語こそが重要なのである。そして、それを盛り上げるように付随する音楽や演出は文句が出ることもないのだ。だからこそ、『To The Moon』は物語によって泣くことも可能な作品と評価されることもあるのだろう。

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真相は欠落した記憶の中に

 ジョニーの記憶には欠落した部分がある。これこそ、彼が月へ行きたがる理由が自分でもわかっていない原因だ。エヴァとニールのふたりはこの記憶を復活させ、その後はかなり強引な手を使って彼を幸せに月へと行かせることになる。

 この物語の結末は、誰がなんと言おうとも感動的なハッピーエンドだ。ジョニーは、今の人生で失ったと思っていたものすべてを取り戻して月へと向かう。周囲の人々も、その幸せそうな姿を見つつ彼を看取る。こうしてジョニーは、何もかも得て記憶の中で若返り、最高のイメージを見ながら急に死ぬのだ。

 僕はこの死に様に違和感を覚えて仕方ない。いや、確かに自分自身も死ぬならば幸福な瞬間に、ぷつりと電源が切られたかのように美しく死にたいと思っていた。しかし、これは逃避的に死ぬことなのではないのか?

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エヴァたちはあくまで仕事をやっているだけ、とも取れるが……

 まず、ジョニー自身が月を見たいと言い、それを叶えてやるということは間違いのないことだ。だが、それを成功させるために強引な手段を使うことは、ひどく傲慢なことではないのか。なぜなら、元の記憶(つまり現実)にいたジョニーの妻、リヴァーなどの彼に強く関わった人たちは、美しい記憶にかき消され、否定されることになるのだから……。

 たとえジョニーが悩みのある人生を送ろうとも、そこで一緒に生きた人たちがいたのである。それはどんなに悲しい生きざまだろうとも、どれだけ後悔があろうとも、実際に起こったことなのだから受け入れなければならないのではないか。いや、僕は受け入れることが周囲の人のためなのではないかと思う。

 『To The Moon』の物語は、死に様の表面的な美しさを求めすぎているように見える。間違いなくジョニーは幸せに逝った。だが、彼のことを思っていた現実のリヴァーたちは無視されている。患者は科学者たちの手により、現世に何か大事なことを残して逃げて行ってしまったのではないか。それなのに、本作のエンディングはひたすら感動的に表現されており、良くも悪くもそれを額面通りに受け取れてしまいそうだ。

 僕の過去の友人は、生きることから逃げるように自殺した。仮に彼が安らかに死ねたとしても、今ここに残された僕は、彼のことが気になっている。そして、僕ができることは彼が死んだことを受け入れることだけであって、それを美しい記憶に塗り替えることではないはずだ。

 ところで、どうも本作は続きを予定しているように見える。この強引に安らかな眠りにつけさせるという行為に対し、疑問を抱く人物がいないわけではない。場合によっては、次回以降そういった面に踏み込んでいく可能性もありうるだろう。

 ともあれ、『To The Moon』は、「泣ける」だとか「感動する」なんて紋切り型の言葉で済ませてはいいゲームでないということは、どうも間違いないようである。


To The Moon 980円 『To The Moon』 詳細ページ
デベロッパー:Freebird Games ジャンル: アドベンチャー 2012/11/16発売予定

 RPGツクールによって制作されたPC用アドベンチャーゲーム。
 プレイヤーは、特殊な機械で死にゆく人の希望を叶えるエージェント、エヴァとニールとして、ジョニーの記憶に潜り込んでゆく。
 彼の望みは「月へ行きたい」というものだったが、その理由は彼の記憶の奥底に、重大な秘密をもって隠されていた。

コメント

 同企画に参加させていただきました、ブリキの(旧世紀網膜博物館)と申します。
 わたしはこういう企画参加型のレビューは初めてで、内容を何処まで書いて良いものか解らなかったので、ほとんど内容には触れずにレビューを書いたのですが、

>だが、彼のことを思っていた現実のリヴァーたちは無視されている。患者は科学者たちの手により、現世に何か大事なことを残して逃げて行ってしまったのではないか。

 という意見には非常に同感です。

 物語のラスト、シャトル打ち上げ後に二人が手を繋ぐシーンがありますが、あれは言ってみれば、ジョニーの妄想なんですよね。ジョニーの妄想の中でリヴァーとらぶらぶしているわけで、得も言われぬ不安感を感じました。
 個人的には二人が最初に出会って月や星空について言葉を交わすシーンが心に残りましたし、一枚絵が用意されているのもゲーム中ではここだけなので(あとメタ的にシャトルはトレイラーに出ていたので)、ラストはシャトルで終わるのではなく、「やっぱり今までの人生で良かったのだ」とジョニーが人生を振り返り、与えられた月旅行を捨てて、己の人生に納得して逝くものだと、プレイ中は勝手に想像していました。
 To the Moonはエピソード1ということですし、ニールの行動を考えると、いつかはシグムント側として常に自問してきたであろうニールが患者側に立つこともあるかと思います。その時に、こうした不自然さについて語られるのかもしれませんね。

ブリキのさん、はじめまして。レビューを詳細に読んでいただけたようで何よりです。

ブリキのさんがレビュー内で宮沢賢治を引用しらしたように、人の死に方を考えるとそのあたりの作品が思い浮かびますね(僕は『納棺夫日記』を思い出しました)。ただ、カナダのデベロッパであるFreebird Gamesが、受け入れて逝くという考え方を持っているのかは、わかりません。
とはいえ、これまたブリキのさんが仰るように、続きでその部分が描かれるのかもしれませんね。ということで僕は本記事のタイトルを、「『To the Moon』は、本当に「感動した」で終わらせていいゲームなのか?」と、プレイヤーに問いかけ、そして同時にFreebird Gamesにも“つけるならケリをつけて、ここで終わらないでくれ”と投げかけるような形にしました。

もっとも、これは僕の意見をより強く反映しただけで、単純に「感動できるゲーム!」みたいに売ったほうがウケは良さそうにも見えますね。その場合はもう少し、アドベンチャーゲームとしてやりやすくしていただきたいところですが。

はじめまして。
私も全く同じ場所に違和感を覚えて、単純に感動出来なかったです…
映画館〜馴れ初めのシーンで、生き下手な私はリヴァーに感情移入してましたし
幼年期の出会いシーンで、その感動はピークを迎え、ヌイグルミの伏線で思わず涙が…

だからこそ、その後の記憶改変の展開は、違和感と気持ち悪さだけが付きまとい、
感動とは別物の割り切れない感情が、心に留まり続けてます…

製作者が純粋な善意でコレをハッピーエンドと設定してたのでしたら、
気色悪くて嫌悪感すら覚えますが、ニールの複雑なリアクションを見る限り
計算ずくなのは間違いないでしょう。
…単純な感動モノで終わらせない辺り、実は凄い作品なのかもしれません

どうもはじめまして。コメントありがとうございます。

Freebird Gamesはあざとい一面もあるのでしょうね。これをシリーズにする場合、最初で大きく人気を取っておきたいわけであり、だからこそこういう表面的に美しく感動的なものを用意したのでしょう。そして、その残る疑問点を続きで解消し、本シリーズで描きたいことへと挑むなんてビジョンを持っているのかも。
もしそうならば、そこからの勝負が見所なのでしょうね。ゲームとしては面倒なテーマに足を突っ込みそうですが、はてさて。

新幹線男。

勿論物凄い哲学的なメインテーマですよ。
当然素晴らしい心理学的な題材ですよ。

「To the Moon」に死後の世界があるのかどうかは分かりませんが、
もしもそういった場所でジョニーとリヴァーが再会した場合、
記憶改変していないのならば感動の再会となるのでしょうが、
本編の記憶改変してしまった状態で会ってしまったらと思うとやり切れない気持ちになります。

長年の結婚生活の中での辛かったことだけでなく、
幸せだったことまで全て上書きで忘れてしまったジョニー。
おそらくリヴァーは出会いの思い出を忘れられてしまったこと以上に、
大きな衝撃を受けるのではないでしょうか。
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