Xbox LIVE Arcadeの“翻訳がおかしくて買う気にはなれなかったゲーム”たち

なぜにこんな記事を書くのか? となるぞ

 「最近のXbox LIVE Arcadeの翻訳がクソすぎるwwwww」などという見出しにすれば、あるいは内容を「Xbox360のゲームの翻訳が完全に終わっているwwwww」的なものにすればアクセス数を、ひいては金を稼げるのだろうが、そんなことはしないわけだ。

 しかしながら、真摯であろうとすることになんの意味があるのかとも思う。少なくとも現代では幸福の実現に金が必要であり、多少は汚いことをやろうとも成功したほうが良い思いをできるのだ。マネーがなければできないことは山ほどある。

 周囲に迷惑をかけず良い存在であろうとすることは、処世術のひとつである。しかし仮に、周囲に迷惑をかけても自分が幸福になれるのであれば、どうか? 処世術もしょせんは自身のためでしかないわけで、強引な手を取ることも十分に理解できるのだ。

 ……なんだか暗い話になってしまったが、さておき今回はXbox LIVE Arcadeで配信されているローカライズに失敗したゲームを紹介する。

タイトル画面が話題になった『さいなん:かいせん』

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『さいなん:かいせん』タイトル画面

 さて、まずは話題の『さいなん:かいせん』からである。……いや、正式名称は『Scourge: Outbreak』だ。これは直訳をしたせいでこんなことになってしまったらしい(Scourge = 災難で、Outbreak = 開戦か?)。

 このタイトル画面の時点で、真面目に受け入れられることはなくなってしまっただろう。なんてことだ。だが、僕はこのタイトル画面をバカにされていることになぜか憤りを感じ、むしろ体験版を触って良ければ買って褒めちぎろうと思っていたのだ。

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「めくら射撃」という言い方は悪くないと本気で思う

 この『さいなん:かいせん』はあからさまにテキストの翻訳がおかしい。たとえば、エコー部隊は「こだま分隊」に、ブラインド・ファイアは「めくら射撃」に、オブジェクティブは「物体」にと、カタカナで書くべき部分を直訳してしまったり、キャンセルが「やんセル」になっていたりと単なるケアレスミスも散見される。

 とはいえ、この手のシューターを遊んだことがあれば話の意味は通るだろう。そんなわけで寛大に受け入れようとしていたのだが……。

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この敵の情けなさといったら

 本作は協力プレイが前提になっているTPS(三人称視点シューティング)なのだが、あまりにもつまらなくて閉口した。カメラワークやら音響やら敵のデザインやら、何から何まで荒が見えてつらい……。

 よって、翻訳がどうのこうの以前に、まともに遊ぶ気が起きないゲームなのであった。そのために購入は見送り、この作品を持ち上げることはできなかった……。もし遊んでいたら、翻訳以外の部分をボコボコに書いていたことだろう。
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体力ゲー『CAPSIZED』

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直球すぎる命令文

 続いては、2013年7月5日に(体験版だけ)配信された『CAPSIZED』である。本作はPCで既に配信されているインディーゲームで、XBLAにも遅れてやってきたようだ。

 これもタイトルを見た時点で察しはつくだろうが、「Press Start」をそのまま命令形で訳している。間違ってはいないはずなのだが、この違和感の大きさときたら。日本語はかくも面倒なものよ。

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右スティックで射撃をするタイプのシューティング寄りアクションだ

 本作はテキストが少ない物理演算アクション・シューティングなのだが、それでもおかしいところが多い。体力ゲージは「体力ゲー」になっているし(体力でゴリ押しできるゲームのことか?)、隠しアイテムを手に入れると「シークレット 2切れ」などと出る(お前はエイリアンだらけの惑星で丁寧に切り分けられたケーキでも探しているのか?)。

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直訳過ぎるステージ名なども多いか

 また、フォントの選択もおかしく、場面によってはかすれていたり、そもそも漢字フォントが中文のものらしかったりと、おそらく『さいなん:かいせん』よりもローカライズの質が低い作品だろう。まァ、翻訳がおかしくても問題ないゲームなのが幸運なのか不幸なのか。

5億円くらいでいいから欲しい

 さて、なぜこんなローカライズが行われてしまうのか? という流れになりそうだが、その詳細な分析は本職の方にまかせておこう。ところで、もし紹介した作品が日本でたくさん売れるのであれば、こんな翻訳は出回らないのではないか。間違いがゼロになることはなくとも、いくらか精査されたり、間違わないような仕組みが作られるに違いない。

 これで言いたいことはわかっただろう。金だ。マネーだ。マニマニマニー! ああ、僕も店の前で金がなくて苦しむ愚民に札束を投げつけたい! 僕は優越感に浸り、愚民は突然の出来事に狂喜する幸福の空間を作り出したい! ……なんて惨めな文章を書いているのだろうか。

 そういう考えに行き着けば、金を羨む気持ちにもなる。僕もこんなくだらない文章を書いていないで、適当かつやっつけで儲かるものを書けばと思い悩むのも無理はない……と理解してもらえるだろうか。もらえなくとも構わないのだが。さておき、芝を生やしてむやみにゲームをバカにせず、むしろ同情するようなこの記事を書いていったいなんの意味があるのか? これらの作品を遊んでいると、そんな気分になってしまうのだ。

 なお、これまでの文章を読んで疑問を抱いた方もいるだろうが、本記事のタイトルは意図的にミスリードを誘ったものである。「翻訳がおかしいから、買う気をなくしたゲーム」なのではなく、「買う気になれなかったゲームの翻訳がおかしかった」と書いたほうが正確だろう。このくらいの欺瞞は許してほしい。

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