共産主義国アルストツカで、国の理不尽な要求に涙しながら入国審査官の仕事をしたかったのに 『Papers, Please』

「アルストツカに栄光あれ」でお馴染みの入国審査ゲーム

 共産主義国アルストツカで入国審査官に任命されたプレイヤーは、必死に仕事をこなすことになる。「ゲームの話ではないのか」だと? 確かにこれは、仕事ではなくゲームなのだ。

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国境でパスポートなどの書類を審査し続ける仕事のようなゲーム

 Lucas Pope開発のPCゲーム『Papers, Please』を遊び、いや、こなしたというべきだろうか。この作品は第16回Independent Game Festivalでグランプリに輝いたり、さまざまな賞を得ているようで、かなり注目を集めているインディーゲームといえるだろう。

○ Papers, Please - Playism
http://www.playism.jp/games/papers_please/

 僕もその盛り上がりの相伴に預かろうと思ったわけだが、あまり面白く感じなかった。言い換えると、僕は『Papers, Please』をプレイして、共産主義国アルストツカにおける理不尽さを感じ取れなかったのである。

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『Papers, Please』タイトル画面

 なんだか水を差すような話になってしまうが、ゲームについての文章は多様性があったほうが良いと考えているので、それでもこうして掲載させてもらおう。
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『Papers, Please』のゲームシステム

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本作でもっとも愛嬌のある手作りパスポートおじさん

 さて、まずは基本であるストーリー・モードの説明をしておこう。といってもこのゲーム、単なる間違い探しをするだけといっても過言ではない。

 プレイヤーは入国審査官なので、旅行者から受け取ったパスポートや書類などを調べて不備がないか確認するだけなのだ。もっともあたりの国の情勢はかなり悪いので、巧妙な手で審査をすり抜けようとする人もいるし、何より正確に審査をしないと自分の給料が入らない。

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一日の終わりはこの収支報告画面になる

 給料は歩合制であり、より正確に早く審査をこなしていかねばならないのだ。なぜなら、自分には養うべき家族がおり、金がなければ妻や息子を見殺しにするハメになるのだから……。

 こうして31日間を入国審査官として過ごすわけだが、毎日のように国の指導で仕事は面倒になっていく。限られたスペースで書類を広げ面倒くさすぎるチェックを行うわけで、これはまるで仕事だ。

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エンディングは簡単なイラスト&軽いテキストのみ

 しかし、ゲームの終わりは必ずしも31日目の後にあるわけではない。アルストツカはかなり厳しいので犯罪がバレてしまえばそこで終わってしまうし、場合によっては国から逃げ出すこともできる。要はマルチエンディングであり、細かいものを数えれば20以上の結末があるとのこと。

 また、特定のエンディングを見ることによってエンドレス・モードが解禁されるようだが、そちらには手をつけていないので割愛しておく。

だいぶ報われる仕事と、あまり強引な行いを見せないアルストツカ

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巧妙化していく密入国者たちが増え、仕事量も増えまくる

 こう書くと“仕事をゲームにする”という奇抜なアイデアが本作の魅力にも見えてくるが、やっていることは前述のとおり間違い探しだ。よって、稼ぎが軌道に乗ると極めて単調な作業になってしまう。

 そのため本作の魅力は、共産主義国アルストツカにいる入国審査官としての飢えや葛藤を体験することなのだろう。どういうことかというと、毎日仕事をしていくうちにさまざまな出会いがあるのだ。

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周囲に怪しまれないのか不思議な工作員さん

 アルストツカは政治家がかなり暴虐非道な行いをしているため、反政府組織が存在している。よって、入国審査官であるプレイヤーの元には、協力を求めその組織の人物が接触を図ってくるわけだ。思いが同じであれば、協力するという手段もあるだろう。

 あるいは単純に、妻や子供に会いたい人が泣き落としをしてくる場合がある。同じく家族を持つ身としては、書類に不備があれど彼らを通してあげたいと思うだろう。しかし、収入や国からの罰を考えると……、という葛藤が本作のウリのはずだ。

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殺された娘のために不法入国する人もいるが、これで同情を誘えるとは思えない

 しかしながら、そういったアルストツカにいることによる恐怖や不安や葛藤の描写が弱く見えるのである。僕が単純にニブい可能性もあるが、しかし本作のそういった描写が事足りているとは言い難いはずだ。

 たとえば、入国審査官の家族はテキストで表示されるだけであり、極めて簡素である。彼らは飯を抜いても文句や泣き言も言いやしない。子供に誕生日プレゼントをあげたりする要素はあるのだが、家族の存在を強く意識させるのはそれくらいだ。

 あるいは、恋人や家族に会いたいといった目的のために入国したがる人たちも、たいてい積み重ねなくいきなり言い出すので感慨が薄い。また、そういった人たちが死んでしまったり、テロが発生することもあるのだが、グラフィック的な描き込みも弱いので(描写は画面上部のシルエットのみ)「残念ですね」くらいにしか感じられなくても無理はないだろう。

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エンディングやイベントもとにかく簡素すぎる

 更に、アルストツカの厳しさに関する描写も弱く見える。確かにアルストツカは、いきなり特定の外国人を入国禁止にしたり、一日で入国に必要な書類が増えまくったり、壁に子供の絵を貼っていると牢屋に入れられることもあったりと、横暴な行為をしまくっているだろう。

 では、プレイヤーである入国審査官が国家に対する憤りを感じるのかといえば、必ずしもそうだとは言えない気がする。前述のように痛みが見た目や文章として表現されることが少ないし、歩合制なのできちんと仕事をすれば報われるし、そもそも書類が増えたりするのは間違い探しの難易度を上げるためであるとも理解できるからだ。よって、アルストツカの行動が納得できてもおかしくないのである。

 なぜこうもアルストツカに理不尽さを感じられないのかといえば、それはゲームとしての常識を優先しているからだと思われる。

ゲームとしての常識と、アルストツカの理不尽

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金に余裕ができると仕事はいい加減でもよくなる

 ゲームというものは、プレイヤーが正解の行動を取ると褒める傾向にある。たとえばRPGで言うと、敵を倒して経験値を貯めればレベルが上がっていく。逆に、敵を倒してレベルが下がることはほとんどないだろう。

 ルールや前提条件がプレイヤーを裏切ると理不尽なため、遊ぶ側はあっという間にコントローラーを投げ出してしまう。それだけは避けたいがために、ゲームはルールに沿った正しい行動を取ったプレイヤーを褒める。よって『Papers, Please』も、仕事をきちんとやればかなり報われるし、上層部による理不尽な暴挙だらけではないし、儲け話という提案もこなせば裏切られることはない。

 たとえば、反政府組織に協力すると大金がもらえ、それを受け取ると隣人に裏切られることもあるらしいのだが、これもルール上の問題による展開だと思われる。本作、罰金さえ払えれば仕事はすべていい加減でよくなるので、金が大量にあまる状況には絶対にできない。

 そして、入国審査官の家族といった要素も、特定の外国人を入国禁止にするのも、行動を制御するルールでしかない。家族がいなければプレイヤーはマジメに仕事をこなす必要はないし、特定の外国人が国に入れなくなったり、審査書類や条件がいきなり増えるのは間違い探しの問題を変えるためである。

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アルストツカに栄光あれ

 『Papers, Please』は、ゲームのルールや展開を守る行為をしている。それ自体はまったく悪くないのだが、それが透けて見えてしまうのが問題なのではないか。共産主義国アルストツカの理不尽とでも言うべきものがゲームのルールなら仕方ないと思えてしまう場合、それを描ききれなかったようにも見えてしまうのではないか。

 無論、本作は小規模なゲームであるためそれは難しい話かもしれないし、そもそも書類審査というアイデアからここまで作品を膨らませたことは評価されるべきだろう。ただ、共産主義国アルストツカにいる入国審査官としての飢えや葛藤を体験することが魅力であるのならば、もっと理不尽な状況も体験したかったのだ。

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