精神病の悪夢を表現したホラー・ゲーム『Neverending Nightmares』は、夢の恐ろしさを伝えるのが難しいと教えてくれる

「人生は悪夢」なゲームを遊ぶ

 夜中、最高に幸福な夢、あるいはおぞましい夢を見たあと、そのことをメモしておく。そして後々になってその文章を見てみると、「なぜこんな夢が最高に幸せだった(怖かった)のか?」と思えてしまうことがある。

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『Neverending Nightmares』死体安置所で歩き続ける様子

 さて、今回はPC向けタイトル『Neverending Nightmares』を遊んだので、その話をしよう。本作は、恐怖の悪夢に閉じ込められた「トーマス」の立場になるホラー・ゲームである。なお、開発はInfinitap Gamesとなっている。


 題の通り、本作は延々と続く悪夢の中を突き進むゲームである。このタイトルはいかなる経緯で作られたのかといえば、制作者が強迫性障害と鬱に苦しんでいた思いを形にするためだというのだから驚きだろう。

 なお今回は、PLAYISMから日本語版が登場していたのでそちらで購入した。しかし本作、台詞もわずかしかないのでローカライズされてなくとも問題ない気がする。それどころか、まったく見知らぬ言語で遊んだほうが楽しいかもしれない。
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ただひたすら悪夢の中を歩くだけのゲーム

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『Neverending Nightmares』タイトル画面

 ところで『Neverending Nightmares』は、いったいどんなゲームなのか。本当に、色彩に乏しい悪夢を巡り続けるだけである。

 Steamのユーザーレビューでは、このゲームに対し「9割以上は歩き続けるだけ」と書かれていたが、間違いではない。序盤こそアイテムを探して道を切り開くが、あとはバケモノを避けつつ歩いたり、総当りで扉を開けるために歩きまわるだけだ。

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巨大なバケモノから隠れて逃れる場面

 また、ビジュアルに多少の変化はあれど、かなり似たような場面が続く。これは“鬱屈した状況から抜け出せないつらさ”を表現しているのだろう。

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主人公以外では唯一の登場人物「ガビィ」

 そして、物語はあってないようなものである。4つのエンディングが用意されており、道中での展開や現実で起こる結末が違っているものの、深い意味があるとは思えない。少なくともこのゲームにおいては、悪夢のほうが本体だ。

 こう書くと何がどう面白いのかとなりそうだが、本作の長所は音楽である。見た目には退屈にすら感じるゲームであるものの、いかにも悪夢に適したBGMが間を持たせてくれるのだ。そもそもゲームをはじめる前にヘッドホンの使用が推奨されるが、それに従わないと魅力がかなり減るだろう。

ホラー・ゲームとは呼びたくない本作

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悪夢は変幻自在、幼少期に転換することもある

 では、このゲームが面白いかどうか。確かに本作は悪夢といって差し支えない内容だが、ゲームとして恐ろしい夢は表現しきれていないというところだろう。

 たとえば、ある人が部屋の暗闇を怖がるとする。しかし、別の人にはそう思えなくとも不思議ではない。つまり、暗闇そのものに恐怖があるわけではなく、人の脳内に恐怖があり、それが見えるものに反映されていくのだ。

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精神病院では目の見えないバケモノを歩いて避けねばならない

 脳内にある恐怖は他人と共有できない。また、ゲームは論理的に他人へものを伝えねばならない。できることといえば、それをなるべく損なわないようにすることだ。脳内の恐怖をゲームにした本作は、やはりそこに大きな壁があるのだろう。

 ゲームにはプレイヤーにすらわかる明確な理屈があり、本作にもゲーム的表現とでも言うべきものがそちらこちらに転がっている。たとえば、あからさまな“復活地点”があったり、バケモノは棚に入るなど特定の条件を満たすだけで避けられるわけだ。“少し戻って画面外にすると消えるバケモノ”など、「ファミコンかよ」とは思えても、未知の恐怖にはならないだろう。

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時たまこのようなグロテスクなカットシーンが挟まる

 また、同じような場面が続くこともゲームの表現としては適していない。制作者が味わった悪夢とはそういうものなのだろうが、それをただ見せられても伝わらない可能性が高い。抜け出せない情景は単なる繰り返しであり、それを恐ろしく見るには、事前からの恐怖心がなければならないはずだ。

 『Neverending Nightmares』は、確かに精神の病によってもたらされる悪夢をゲームにしているのだろう。しかし、その悪夢がただのゲーム上での表現になってしまうのがあまりにも痛い。制作者が見た恐怖をそのまま共有できないのは仕方ないが、共有するかのように錯覚できるほどホラー・ゲームとして立派なわけでもない。ゲームは感情を掻き立てる要素になりうるが、感情はゲームのシステムとして成り立たないのだろう。

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すべての悪夢を見ても終わりはなし

 しかし、このゲームは制作者が「精神の病に苦しんでいた感覚をそのままゲームにした個人的なプロジェクト」なのである。商品としてホラー・ゲームということになっているが、「人の苦しみという悪夢について見聞きする作品」として捉えれば、まだうまく受け止められそうだ。

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