『The Last of Us Remastered』は“完璧にゾンビ・サバイバルの世界に没入できるゲーム”であった

脅威のストーリーテリング

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 PS4で発売されている『The Last of Us Remastered(以下、ラスアス)』をクリアした。前々から評判は聞いていたが、噂に違わずものすごいゲームであると言えよう。

 『ラスアス』はNaughty Dogが開発したサバイバル・アクション・ゲームである。……ジャンルとしての表記は確かにそうなのだが、ゲームシステムなどは割と二の次で、最も注目すべきは没入感を損なわないムービーとゲームプレイであろう。

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 このゲームでは、主人公「ジョエル」、共に旅をする少女「エリー」のふたりが、寄生菌の発生により危機的な状況に陥った世界でどのように生きていくのかが丁寧に描かれている。映像とゲームプレイの繋ぎにまったく違和感がないところは特に驚いたが、キャラクターの表情・喋りも見事というほかなく、操作できないシーンの長さも適切で、褒め始めたらキリがないほどだ。

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 ところで、記事のタイトルには「ゾンビ」という単語を使ったが、本作ではそう呼ばれることはなく「感染者」と言われる存在が出てくる。呼称が違うのはいくつか理由があるだろうが、ひとまず本作の感染者という存在は、ゲームの雑魚敵のような“単なる殺すべき存在・障害物としてのゾンビ”ではないのだ。

 では、感染者はなんのために存在するのかといえば、“極限状態をいかに生きるか”ということを描写するための舞台装置的な役割を担っているのであろう。この世界は人間を襲う感染者がいるせいで、生存者たちですら物資を奪い合う敵になる。そんな世界で必死に生き残ることに、どのような意味があるのだろうか──? 大雑把に言えば、本作のテーマはそれだ。

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 ジョエルは過去の後悔から、エリーは孤独への恐怖から、協力してある目的を遂行するために旅を続けていく。ふたりの旅はまさしく現実離れした過酷さだが、それは人間が生きていくうえでの普遍的な過酷さでもあるといえよう。

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 ビデオゲームを遊べるほど裕福な環境にいる人間には縁遠い話に見えるかもしれないが、そうではない。生きるということは他人の食い扶持を奪うということであり、何か大事なものを守るということは他人の命を脅かすことにすらなりうる。文明がいくらかマシな方法を考えてはくれるが、根本的な部分は変わらない。

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 ふたりの旅路は、我々が目を逸らしている事実を見せつけてくるのである。生き残るためには、強くナイフを突き立てねばならないということを。
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