『風ノ旅ビト』美しさに対する不感なのか

メタスコア「92」のゲームを遊ぶ


 PS4で『風ノ旅ビト(原題:JOURNEY)』を遊んだ。本作はthatgamecompanyが手がけたアドベンチャーゲームで、元はPS3で2012年3月に配信開始されたタイトルである。僕は遅ればせながらPS4版をプレイしたというわけだ。

 本作はローブを被ったキャラクター(本記事では「旅ビト」と呼ぶ)を操作し、山の頂上を目指していくことが目的となる。ただし言葉はひとつもなく、ひたすらに綺麗な景色を見ながら歩みを進めていくのだ。

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 高評価を得たゲームであることは今更言うことでもなく。僕も序盤以外はなかなか楽しめた。本作では時に同じ目的を持つ旅ビトに出会うこともあるのだが、これが妙に嬉しい。バケモノに襲われた時に僕を置いて行ったあの旅ビト、雪山で落下してしまいしぶしぶ見捨てたあの旅ビト、そして一緒にあの場所へたどり着いた旅ビト……。意思疎通はよくわからない音だけでしかできず、そこの中で生まれる絆のようなものが実に染みるのだ。

 しかしながら、見た目の美しさに関してはよくわからなかったというのが正直なところだ。いや、広い世界ながらゲーム的な誘導がしっかりしていたり、数年前のゲームであることを考慮せずとも見劣りしないグラフィック、退屈しない画面構成や描写へのこだわりなどは感じられるのだが、心の奥底で納得していないというか。

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 イルミネーションやパレード、あるいは日の出あたりを見た経験はあるが、あれが綺麗なのかどうかわからない。おそらく口では「綺麗だな」などと言っているが、その後に「綺麗とはどういうことなのだろう?」と思ってしまう。言い換えれば、すごいもの・良いものだと思っても感激はしておらず、その程度の感情に綺麗という言葉を使っていいのかわからないのだろう。

 また、自分自身の教養や脳みその構造の問題、雑に言ってしまえば感受性の問題なのではということも考えてしまうと、これはもうドツボだ。もはやゲームとはすっかり縁遠い自分語りになってしまう。

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 ともあれ、『風ノ旅ビト』は“余計なものがない”という意味では綺麗と言えるのだろう。僕の旅は綺麗に終われなかったが。
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