スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このエントリーをはてなブックマークに追加

やはり俺はゲームの謎解きが嫌だ

謎が謎を呼ぶ

Minit_01.jpg

 『Minit』というゲームを遊んだ。主人公のくちぱっちに似た存在は、呪いの剣による影響で60秒で死んでしまうことになる。この呪いを解くには剣の秘密を解き明かす必要があるものの、しかしすぐに死んでしまうわけだ。ならばと、何度でも蘇り挑むことになる。

 ……いや、今回はゲームのことを丁寧に解説したいわけではないのだ。この作品は『ゼルダの伝説』ライクな2Dアクションアドベンチャーで、各所にさまざまな謎がある。それを解くと新たなアイテムが手に入り、別の場所の謎を解くことができるようになり、繰り返していくゴールへたどり着けるようになるというわけだ。

 しかしながら、謎解きは嫌なのである。なぜ嫌なのか改めて記そう。備忘録として。

謎とその答えが遠くてバラバラ

Minit_02.jpg

 そもそも謎解きとミスリードの違いはなんだろうか。上記画像の場面はいかにも箱を押して先に行けそうである。しかもここを発見した時点では、この先はまだ未知のエリアだ。さあ、うまく箱を押して先に行けるだろうか? そう考えたくなるのも道理だろう。

 しかし箱を押すパズルを解こうとしてみると、そもそもこれは解けないように作られている気がする。何か別のアイテムが必要なのだろうか? あ、60秒が経過して死んでしまった。もう一度しっかり確認してから……。こんなことを繰り返し、無理だろうと判断して諦める。結論からいえば、ここは別の場所で手に入るアイテムが必要なようだったし、そもそも別に通る必要のないところであった。

 この事実を知り、私は落胆した。なぜ(少なくともクリアするまでにおいて)不必要な要素があり、そこでプレイヤーを惑わせるのだろうか。ミスリードになりうるいらない場所は潰すべきだろうし、無駄な迷い方をさせない誘導は必要だろう。

Minit_03.jpg

 そして、謎解きの範囲がわからなくて困ったこともあった。ホテルでは泊まっている客を探すという謎があるのだが、そもそも客がどこからどこまでにいるのかがわからない。コイン集めもあるのだが、それもどこを探せばいいのかまったく理解できず、あてもなくブラブラさまようだけであった。

 客を見つけたと思ったらコイン、コインを探しているのに見つけるのは客。こうなると肩透かしであまり喜べない。『ゼルダの伝説 ブレス オブ ザ ワイルド』は謎解きが祠の中で完結しているので、あれは簡潔で良いのだなあと思わされた。

 もうひとつ気になったのは、今解けるのか解けないのかわからないということだ。先程の箱の話もそうだが、この手のゲームは新たなアイテムを入手するとできることが増える。その新たにできることで謎が解けるのか、あるいはすでに解けるけどプレイヤーが気づいていないだけなのか。謎の回答よりその前提の部分で悩んでしまう。

Minit_04.jpg

 そうそう、新アイテムを手に入れたあとどこに行けばいいのかわからないのも困る。これで謎が解ける……! と思うもののどこで使えばいいのだろうか。またもや明確な目的もなくウロウロウロウロ。「ここへいけ!」とバカみたいに提示されなくともいいが、事前の探索で気になるところをマップ上でチェックできたりすればいいのに。

 いや、それは単純にプレイヤーがメモを取ればいいのか。謎を解こうというのにメモもなしに挑もうとする自分の甘えということか。

謎解きとは謎解きとは謎解きとは

Minit_05.jpg

 『ゼルダの伝説』シリーズでは謎が解けた時の効果音が心地よいという人がいるそうだが、私はそうは思えない。それは『Minit』で感じたことと同じで、謎を解こうと思ったらそもそもそれは謎ではなかったり、あるいは謎の範囲がわからなくてさまようことになってその先で偶然何かを見つけるもそれは解こうとしていた謎とはあまり関係のないものだったり、もしくは謎の答えを見つけても謎を探すことに苦労したり……。なんだ謎と関係のないところで苦労している気がしてならないのだ。

 例えば、目の前にある鍵のかかったドアを開けようとする。手元にはいくつかの道具がある。これをどう組み合わせれば開けられるか……と思いきや、回り込んだら扉を無視できたり、あるいは遠くに違う道具があってそれが必要だったりするわけだ。ならば違う道具を先に探そうとするもさらに別の扉の関連アイテムが見つかったりして、自分は今何をしているのだろうとばかり思ってしまう。そもそも自分は目の前にあった扉を開けたかったのではないのか?

 これがとにかく徒労感しかないのだ。では、プレイヤーの誘導が非常に優秀であれば楽しめるのかとなると答えはYESで、『Portal』はすごく楽しかったし詰まってもストレスを感じなかった。逆に『ICO』あたりは謎がひとつずつ出てくる(はず。だいぶ前なので記憶が曖昧)だが、答えへの道筋がまったく理解できずまともにプレイできなかった。

 ただ、2Dアクションアドベンチャーで難易度を上げるとなると、謎と答えの距離をあえて離したり、その繋がりを曖昧にすることになるのかもしれない。謎としての歯ごたえを出す、あるいは壮大さを出すとするのならば、全体に大小の謎を散りばめるわけか。

 また、謎解きが嫌なのはあくまで私の好みである。『LA-MULANA』というゲームはかなり鬼畜な謎解きアクションだそうだが、好きだという人もいるし、続編も出ているだろう。『Minit』だって私は嫌だ嫌だと言っているが世間の評判はそこそこ良いほうだ。

 謎解きの謎は理不尽とも思える作りのほうが歯ごたえを生み出しそれを好む人もいるが、しかしながら非常に優秀なデザインであればそこに理不尽さはなくなるということだろうか? よくわからない結論になりつつあるが、ひとまずそれでいい。この記事は所詮、私の備忘録に過ぎないのだから。
このエントリーをはてなブックマークに追加

コメント

非公開コメント
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。