Left 4 Dead 16

 フレンドがやっているので対戦に付き合うことが多い。見知った同士でチームをバラバラにしてやると面白いですヨ(片方のチームに固まってるパーティーをキックしながら)。

 今日はゲーム内容なんてどうでもよくて、L4Dをやっているとオカンの気持ちになる、ということが言いたいのである。

 たとえば生存者側で、外人が最後尾をちんたら歩いているとする。スモーカーに吸われるから早く付いて来いよと思う。すると、実際に吸われる。これがオカンの気持ちである。
 子供を見ていると、そこでぶつかるだろうとか転ぶだろうということが予測できるが、これがL4Dでも起こるのである。ビデオゲームは経験から学習をしてうまくなるものだ。特定の法則に従って物事の変化が起こるのを理解し、そこを克服することが円滑に進められるということに繋がる。すなわち、うまくなれば未来が見えてくるのだ。現実と違うのは、ゲームはゲームの中でのルールやセオリーがあり、しかもそれが現実世界とは違って狭いので、予測しやすいのである。

 今日は何戦か対戦モードを遊んだが、予測が見事に合致することばかりであった。ゲームの世界は狭いから、こうなることも多いのだろう。


 そんなんじゃつまんねェよなァと思う。世界が狭いからって、人が操作しているのにも関わらず予測通りに動いてしまうのだ。ゲームをもっとうまく遊ぶには、そういう経験から学習した点の脆弱性をうまく突くところにあるのではないか。
 人と人が騙しあえば、少なくとも対戦ゲームはもっと遊べるものになるだろう。ゲームプレイヤーは、ただ遊んでいるだけでなくそういう努力をしたほうがいいのではないかなァ。

 ま、ビデオゲームを真剣に取り組むのが良しとされねばそういうことをしようとは思わないだろうな。
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