『週刊新潮』に、「熱海に集結する『ラブプラス+』オタク超きめえ」という記事が掲載

事の発端

20100722.jpg 考え事をしながら電車の中吊り広告をぼーっと眺めていたら、『週刊新潮』のそれを見て思わず吹き出しそうになった(右画像。http://www.shinchosha.co.jp/magazines/nakaduri/753/より引用)。
 そこには「「ゲーム内恋人」と温泉一泊 「チェリーボーイ」一体何が楽しいか!」と書かれており、その背景には『ラブプラス+』の画像が……。

 僕は普段、週刊新潮なんてほとんど読んでいないのに、最寄駅へついてすぐに本屋へ駆け込んだ。とりあえず立ち読みをして内容に納得しそのまま帰ろうと思ったのだが、ちょっと思うところがあったためレジに雑誌を持っていくことになった。そうして、この記事を書いているというわけである。
 まァこういった話はニュースサイトに任せておけばいいのだが、ちょっとそれだけでは済まないと思えたのだ。

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はじめて週刊新潮を買った

記事の内容

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なんともひどい書かれよう
 中吊り広告や題の時点でわかると思うが、雑誌に掲載されている記事の内容は、単なる『ラブプラス+』人気にあやかった叩き記事にしか過ぎない。読むべき内容は何もないし、たったの3ページしかないため、これだけが目当ての人には立ち読みで事足りるだろう。
 何にせよ騒ぎ立てて雑誌を買わせるというのがこの手の商売なわけで、僕のように間抜けな購買者にはならないように注意されたし。

 さて、肝心の内容について説明していこう。
 まずは自称ゲームジャーナリストによる『ラブプラス+』の説明が入る。その中で、今回話題の中心となっている熱海にカノジョと行くイベント(バスツアー、旅館の話等)について触れ、現地に旅行へ行っているカレシたちのコメントを掲載。その後、熱海市長のコメント(町の活性化に繋がれば、というようなもの)がちょろっと書かれ、最後に評論家の唐沢俊一のコメントと、法政大学社会学部の稲増龍夫教授のコメントで〆られている。
(バスツアーや熱海に関して知らない方は、4gamerのこちらの記事を参照されたし。いろんな意味で笑える。)

 無論、内容の方針としてはとてもじゃないいが好意的なものではない。言葉の端々からは「二次元にハマっているオタクは不可解だ」という、もはやテンプレート的な嫌悪がビシビシと感じられる。とりあえず最後の稲増龍夫教授のコメントを引用しておけば、記事全体でどう否定されているか、というのがよくわかるだろう。

 熱烈なプレーヤーに支えられ、局地的な賑わいはなお続くのだが、法政大学社会学部の稲増龍夫教授(メディア文化論)は、
「アニメファンの世界では、以前から『聖地巡礼』といって、作品の舞台を訪ねる人たちがいました。いわゆる2次元症候群で、漫画を通して現実と関わりを持とうという行為だとはいえます」
 としながら、一抹の不安を禁じ得ないという。
「今回のようなバスツアーは、普通に考えればメディアの取材など、好奇の目に晒されるのは確実。それでも参加するのであれば、いわゆる『世間の声』というのが 彼らにとってもはやリアルでないということでしょう。現実との接点を模索するのではなく、バーチャルの世界に没頭してしまっているわけで、その意味では引き籠りより危ないかもしれませんね」
 画面を開いてはご機嫌とりに明け暮れる、大の大人の夏休みなのだ。
『週刊新潮』 2010年7月29日号 P54より引用

 一部を除いて、もはや怒るよりも呆れるしかないコメントで、僕はこれを読んで思わず失笑。まさか、稲増教授も本気でこんなことを思っているわけじゃなかろうし、記者もかなりのやっつけで仕事をしたのであろう。そして、こんなものを読むためだけに雑誌を買った自分がバカバカしく思える。

 しかし、何より最もアホくさいのが、コレを読んで「オタクは本当にダメな連中だ」とか思ってしまうであろう人たちが実際にいるということ。いやはやなんとも、その人たちにこそ、現実と虚構の区別をつけてくださいね、といいたくなるような話である。

そうはいっても嫌悪はされてしまう

 せめて「寂れた温泉街である熱海の地域活性化政策」という点においては褒めてみればまァ読めなくもない記事になったろうに、実際はそんなこともなく、まったく語るべきものはないわけだ。

 とはいえ、これはギャルゲーが抱えるある種の命題を示しているだろう。局地的とはいえ確実に支持する人がいて、熱海という観光地からはありがたく思われているような『ラブプラス+』ブーム。ビデオゲームの進化として、観光地の新たな資金確保として、評価されたっていいはずだ。けれども、そこにはなぜか偏見が付きまとう。

 「ゲーム内にいるカノジョと行くバスツアー」が不気味に思われたのだろうか? あるいは、実際に存在しないカノジョのために布団が敷かれた部屋に止まるのが怖いのか? こんなものはあくまで小手先の問題である。
 例えば、恋愛ドラマを見てそのロケ地に行くことは気味の悪いことだろうか? もしくは、小説に出てくるような有名な場所へ観光することは不自然か? 多くの人はそれを否定しないだろうし、それどころか経験があるという人がいてもおかしくないはずだ。

 かくいう『ラブプラス+』も非常に良く出来ていて、おそらくはやらずに否定している人もいざ偏見を捨てて遊んでみたら中々楽しめる、なんてことが起こる可能性は十分にある作品だ。そして、決定的に小説やドラマに比べて劣っているというわけではなく、それどころか独自の楽しみまで仕入れているわけだから、ファンという存在がでてきたって何もおかしくない。そうなれば、物語の題材になっている熱海へ行ってみようとなってもいいはずだ。

 実際にそうして熱海へ行ったカレシ諸君も、本気で何もない空間にカノジョがいると思い込んでいるわけではあるまい。むしろこれは単なる聖地巡礼、つまりオタクとして作品を楽しむための行為、あるいはお祭りごとに乗っかるためのお遊びなわけだ。そして何より、作中の世界を堪能するための手段として現地に赴いているのである。名目上は二次元のカノジョと旅行に来ているというわけだが、本質はそこにあるわけではない。しかし、これを不自然に取られてしまうというわけだ。

 ではなぜ、おかしくないともいえるこういった行動が非難されるのか。これはもう簡単で、結局のところギャルゲーが「キャラ萌えのゲーム」だからである。
 古今東西、多種多様なギャルゲーが存在するが、それらの共通項は何かとなると、やはり「かわいい女の子が出てくる」ということである。これなくしては絶対にギャルゲーとはいえず、成立することはありえない。それ故に、本当に女の子が出てくっちゃべるだけで、ゲーム的な内容やシナリオが疎かにされている作品なんかも出てしまうわけで、ゲーマーからも軽蔑の目で見られることがある。もちろん、具に見ればそんなことはない作品も多いわけだが、逆に言えば、しっかり見なければそれがわからないのである。

 そして、キャラ萌えを押し出さなくてはならない以上、全米が泣くような素晴らしい話を用意したり、万人が認める画期的なゲームシステムを用意したところで、やはり「所詮はギャルゲー」と言われ奇異の目で見られてしまう。その偏見をなくすためにはギャルゲーという垣根を越え、立派な一作として立ち上がればいい。だが、ギャルゲーにはかわいい女の子が出ることが最低条件なのであって、つまり、「二次元の女の子がいればそれでいいのか」という偏見を持たれ続けるという構造に陥らずにはいられないのだ。

 ギャルゲーはこういった謬見に晒されることによって成立しているという側面があるわけだから、それに関連した行動は非難されても仕方ないわけである。そして、詳しく知らない人にとっては、熱海にいるカレシが「作品を堪能したり仲間と盛り上がるために熱海へ行っている」のではなく、「本気で二次元のカノジョと一緒に旅行をしている」ように見えてしまうのだ。
 ……かといって、単に「気持ち悪いオタクが熱海に集まってるよ~」なんて間抜け極まりない意見に囚われているのも目が曇っているとしか言いようがないだろう。

 そして、ギャルゲーのファン側にも問題がないわけではなくて、そういうまず理解されないものを好きだと公表するのはまだしも、悪感情を持っている人に対して冗談とはいえ「カノジョと熱海に行ってます」なんて言ってしまうのは、偏見に拍車をかけるだけだろう。奇異の目で見られても仕方ない存在なのであるから、そう見られたくないのであれば、必要以上に真摯な行動を取るべきであるはずだ。

 こうした問題を解決するのであれば、ギャルゲーが好きな人は白い目で見られることを承知すべきだし(特に今回の記事で怒ってしまうのは最悪で、それこそ本当に他人の目を理解できていないといえるだろう)、逆にそれらを否定するような人は目玉をタワシで洗浄すべきである、ということになるか。

 ともあれ、ファンが現地に行くほど楽しんでいる『ラブプラス+』というものは、一方で週刊誌にはこうまで書かれてしまう。良くも悪くも、ギャルゲーはこういった悲しい宿命と恐ろしい魅力を背負ったジャンルなわけである。それが今回の騒動から見えてくるのではないだろうか。
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