ゲームへの評価なんて、時と場合と場所によって変わるものである

人気ゲームのクローン作品でも人気を集めることになる話

 「盲目の国では隻眼の者が王となる」という話を聞いたことがあるのだが、つまるところ結論はそれだ。

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『ApocZ』ゲーム画面

 先日、Xbox360のインディーズゲーム(Xbox Live インディーズゲーム)で配信されている『ApocZ』という作品を遊んだ。オンラインでゾンビだらけの街をサバイバルするF・TPS(一・三人称視点シューティング)なのだが、これはPCで人気の『DayZ』という作品を真似たものである。

 はっきり言うと内容も劣化『DayZ』であり、本家を遊んでいなくとも物足りない部分が多い。おそらく本作がパソコンで出たとしたら、割とクソだのミソだのと言われるだろう。

○ Xbox360にもゾンビ・サバイバルFPS『DayZ』のクローンが登場したが、人もいなけりゃゾンビもいねえ! 『ApocZ』
http://hakotossdm.blog42.fc2.com/blog-entry-1749.html

 しかしながら本作、高く評価を受けることもありえなくもない。リリース直後にネットワーク関連の大きな問題を抱えているのは痛すぎるが、そこをすぐに直して宣伝もできればウケることだろう。なぜかというと、このゲームができるのは、パソコンからではなくXbox360からだからだ。

Xbox360では大人気でも、パソコンではボロクソ評価なゲーム

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『CastleMiner Z』ゲーム画面

 さて、同じくXbox Live インディーズゲームで100万本以上も売れた『CastleMiner Z』というゲームがある。これはパソコンで大人気の『Minecraft』を真似て、銃でドラゴンなんかと戦う要素を付け足した作品だ。

 かなりの本数が売れていることからわかるように、Xbox360では大人気のゲームである。その人気のあまり、ふだんはスルーされがちなXbox Live インディーズゲームの作品ながら、珍しくファミ通や各メディアでも取り上げられていた。

○ 【帰ってきた『マインクラフト』珍物件探訪】番外編:驚愕のインディーズゲーム『Castle Miner Z』前編 - ファミ通.com
http://www.famitsu.com/news/201211/14022157.html

 ところで本作、移植となるパソコン版もリリースされている。そちらでの評価はどうかというと、割とボロクソなわけだ。


 ユーザースコアが10点中2点なのもさることながら、「こんなものを遊ぶなら、本家で似たようなMOD(拡張データ)をダウンロードしたほうがいい」だとか「『Minecraft』を買え」などとまで言われている。まるでケツを拭いた紙に対して真剣に怒っているかのようである。

 なぜ同じ作品でも評価が変わるのかといえば、遊ぶ人と場の条件が違うからである。無論、価格の違い(Xbox360版のほうが安い)など差もあるのだが、この件に関しては環境の違いが大きいだろう。

なぜ『CastleMiner Z』はXbox360で評価されたか

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『Minecraft: Xbox 360 Edition』ゲーム画面

 そもそもXbox360で『Minecraft』が登場したのは2012年5月で、価格は2000円である。一方『CastleMiner Z』は2011年11月の段階で配信されていたうえ、価格は100円だったのだ。本来ならば手に入らない時期に、極めて安いものが出たとなれば、これは大きなアドバンテージだろう。

 当然ながら100万本も売れたのはそれだけでなく、デベロッパの宣伝が特にうまかったというのが大きい。しかも売り込んだ相手は、ゲームの質についてあまり疑問を持たない人々であった。なので、本家と比較されることもなく、100円という安価な部分がより大きな意味を持ったのだ。

 一方、パソコン版『CastleMiner Z』はXbox360版よりかなり遅れて出たうえ、そもそも本家『Minecraft』など浸透しきった後に出たのだ。更にプレイヤーたちもおそらくはコアゲーマーと呼ばれるような人たちであり、そもそも売る相手を間違えたといえる。

そしてたどり着く極めて当然な結論

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『ApocZ』ゲーム画面

 さて、話を最初の『ApocZ』に戻そう。これはパソコンで人気なゲームの劣化版と言える。しかし出ているのはXbox360であり、価格も安価となっている。いくつか問題点は残っているが、それさえクリアできれば人気が出てもおかしくないというのは、わかってもらえただろうか?

 多くの人はゲームを買う際、レビューやその点数を見て“このゲームが面白いか否か”と判断するわけだが、評価とはその背後にあるものを含めて考える必要がある。評価そのものだけが大事なのでなく、なぜそういう評価を受けたのかというところにも意味があるのではないか。

 例えば、テストで100点を取れたから必ず素晴らしいのではなく、平均点やテストの内容によってその価値が変わるようなものだ。あるいは別の例えにすると、盲目の国では隻眼が偉大だが、両方の目が見えている人たちからすると隻眼の王は鼻で笑われるかもしれない。しかし、それでも王が王であることもまた事実だ。
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もしもマシンが作れたら、効率化してすべてを台無しにしてしまうだろう 『バンジョーとカズーイの大冒険 ガレージ大作戦』

無料だからというのもあるが、クリアするだけで精一杯だった

 もしもピアノが弾けたなら、もしも一流の文章が書けたなら、もしも金が腐るほどあったら……。しかし重要なのはそこではなく、思いを形にすることである。

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大空を行くレース・チャレンジは、正直なところ疲れが貯まった

 さて、先日Xbox Liveで無料配信されていた『バンジョーとカズーイの大冒険 ガレージ大作戦』をクリアしたのだが、最初はよかったものの終わるころには頬がこけそうだった。

○ 【Games with Gold】2014年3月上旬の無料ゲームは、あのクマとトリが8年ぶりにマシン作りの仕事をする! 『バンジョーとカズーイの大冒険 ガレージ大作戦』
http://hakotossdm.blog42.fc2.com/blog-entry-1736.html

 このゲームは自由に乗り物を作り、各地にあるレースやモノ集めなどのチャレンジをクリアしていくゲームである。また箱庭ゲームとしての側面もあり、パーツや音符(金に相当するもの)を収集するという要素も存在している。

 してつらかった原因が何かというと、それは前述のように、僕がどんなマシンを作りたいかなどという考えが一切なかったからなのだろう。

使う気がなければ道具なんて無意味だ

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僕がはじめて作ったマシン(当然のようにクソだった)

 本作はさまざまなチャレンジが用意されているが、大きく分けるとレース・運搬・敵の破壊の3種類に分類できる。そのため単にクリアするだけなら割と単純で、重要なのはいかにひねったマシンでお題をクリアするかというところなのだろう。

 たとえばナッツを運ぶチャレンジであれば、でかいマシンで収集器を壊してそれを逆にナッツのほうへ運んでいったり、レースであれば道を無視できるようなマシンを作っていったほうがよい。選択肢が多いのだから、馬鹿正直にお題をクリアするのではなく、頭を捻ったほうが楽しいのだ。こうなると、選択肢が増えるパーツ集めも楽しくなるに違いない。

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パーツが欲しくなければただ面倒臭いドタンバたうんの探索

 ただし、何を作るかを考えられない人もいるわけで、そういった人のためにはあらかじめ設計図が用意されている。それに少し手を加えるだけで大方のチャレンジがクリアできるわけだが、それをやってもあまり面白くはない。

 マシンの動力を強化すればレースは簡単になるが、ただ足の遅い相手をからかう作業にもなる。効率的にものを運べるマシンを作れば便利だが、それは退屈な仕事か何かではないのか。こうなるとゲームプレイは楽しくもなくなるわけで、作るべきはそういうマシンではないのだ。

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マシン固定のチャレンジがあるのも微妙な気がする

 はじめから考えやアイデアとでも呼ぶべきものがあるからこそ、作るのが楽しくなる。つまり、“もしもマシンが作れたのならば”というのは正しくなく、なんらかの案があるからこそマシンなどを作る技術が後からついてくるのだろう。
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NANOスーツを着て楽しくワンマンアーミーになろう 『Crysis』

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不意の良い出会いもある

 「大して期待せずに買ったゲームが面白かった」というのは妙に嬉しいものである。本来ならばあまりやりたくないゲームを遊ぶのは悪く作用するものなのだが、作品の質が良ければそういうこともあるものだ。

 先日、Xbox360のセールで『Crysis』を350円(240MSP)で購入した。ヘタをすればそこらのワゴンや投げ売り中古よりも安い有様であり、まったくデジタル販売のセールというものはかくも恐ろしいものよ。さておき、暇つぶしのつもりだったこの作品、なかなか面白かったのである。

 そんなわけで今更(本作は2007年のPC版を据置機向けにしたものであり、2011年に発売されていたうえ、前述のセールも既に終わっている)になって紹介を書くわけだ。ところで、『Crysis』を簡潔に表すとなると、NANOスーツの力を借りてワンマンアーミーを楽しむFPS(一人称視点シューティング)といったところだろう。

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ステルスしたりすごいパワーで敵軍をなぎ倒すFPS
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今になって『Biohazard 4』を遊び、このシリーズに思いを馳せる

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2012年になってから『Biohazard 4』を遊んだ

 ゲームキューブやPS2の時は確か据置機にまったく興味がなくて、Wii版で手を出そうとしたものの面倒くさくなり、結果的に今のいままでほとんど縁のなかったゲームだった。なんの話をしているのかといえば、『Biohazard 4』(以下、バイオ4)のことである。

 『Biohazard 4』は2005年1月に発売されたゲームである。そんな昔の作品であればたいていは二度と遊ばぬまま縁が消えてしまうわけだが、今回はXbox LIVEでHDリマスター版がセールだったので、手にとったというわけだ。

 いやまったく、ゲームとの縁というものは奇妙なものよ。もし今回のセールがなかったら、今後出会うことはなかったはずだ。

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『Biohazard 4』HDリマスター版タイトル画面
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『ソニック ジェネレーションズ』が遠すぎる

ソニック ジェネレーションズのデモが配信

 2011年6月23日から、Xbox360で『ソニック ジェネレーションズ 白の時空』の体験版が配信された。この作品は、ご存知SEGAのソニックシリーズ20周年記念として作られたアクションゲームである。尚、体験版が遊べるのは7月12日までの期間限定とのこと。

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○ SEGA|ソニック ジェネレーションズ
http://sonic.sega.jp/SonicGenerations/

 内容としては、昔懐かしい2Dジャンプアクションスタイルのソニックと、近年の3Dアクションスタイルのソニック両方を組み合わせたゲームとなっており、3D映像にも対応しているようだ。また、3DSでも「青の冒険」というタイトルが発売されるとのこと。(そういえば、『ソニック・ザ・ヘッジホッグ4』はどうなったんだ?)

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 今回の体験版では2Dジャンプアクションスタイル、もといクラシックスタイルの「グリーンヒル ACT1」を遊ぶことができる。そんなわけで早速僕も体験してみたのだが、はっきりいって何がどう楽しいのかよくわからなかった。

 いや、確かに馴染みの仕掛けによる高速移動の刺激というのはわかるのだ。高速で円をぐるりと一回転することや、あるいは超スピードで長い坂道を下ったり、大きくジャンプをするといった演出で素早い爽快感が味わえるのはわかる。わかるが、それが確実な手ごたえにはつながらない。

何が何でも僕が悪い

 いやまったく、この作品の楽しさがわからないのは僕のせいだろう。ゲームプレイヤーとして不徳の致すところであり恥ずかしい限りである。20年も人気を誇り続けた名作ゲームのシリーズ最新作なわけで、これは理解できないほうに問題があると言うべきだ。

 さて、では僕がわからないソニックの楽しみは何かと考えてみるに、これはレースゲーム的な楽しみではないかと思われる。このゲーム、基本形こそ『スーパーマリオブラザーズ』のようなジャンプアクションでありながら内容はまったく違うのは言うまでもあるまい。とにかく、ソニックが一度も止まらず、高速で走り回る爽快感というのが特徴なのであろう。そのために、タイムを競う必要がある。

 ただこのゲーム、速く走るには修練が必要である。最初のころはコースがわからないこともあって、突っかかりまくりで爽快感などあまりなく、単なるショボいアクションに感じてしまう。これはXBLAで配信されているMD版『ソニック・ザ・ヘッジホッグ』やDCの『ソニックアドベンチャー』を遊んだ時にも、まったく同じ印象を持った。

 ならば、うまくなるまで頑張れば良いだけの話だろう。レースゲームをプレイするように、コースを覚え腕を磨けばいい。が、そこまでする動機付けがない。競うのはタイムだけであり、世界ランキングやフレンドランキングがあるならまだしも、いやあったとしても、好きな人はそれでいいが、極端にプレイヤーをひきつける要素ではないように感じてしまうのだ。

 このデモも、57秒でクリアできるようになるまでは努力をしてみた。しかし、それでも何が面白いのかわからない。一人でタイムアタックをしても面白く感じるのが難しいのは当然で、比較対象や一緒に遊ぶ人がいなければシコシコやり続ける意味にはならない。ましてや、僕はソニックに対する思い入れもないと来ている。このあたり、プレイヤーに魅力を見せつけ引きこむ部分を何とかして欲しいが、しかし、ソニックはそれ以上のことをするつもりがないのだろう。なぜなら、これが原点への回帰なのだから。

 結局、ソニックシリーズの20年と、プレイヤーの僕という存在は重なり合えないものなのだろう。ゲームというものは個人の趣味趣向が大きく作用するわけで、すべてのものを楽しく遊ぶなどというのは幻想である。そのことを今一度確認させられたのであった。
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